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「払おうか?」という無敵の呪文を手放せなくなった

 どんどん暴走していく。「払おうか?」は、無敵な呪文になった。その言葉さえ言えば契約が取れる。お金がネックで保険に入るか躊躇う人に出会うと、その呪文を唱えた。

 土日のサービス出勤、サービス残業、ウザがられる家への訪問や投函、自腹を切ったプレゼントをしても、契約が取れなかったのに、この呪文を唱えるとあっさりと契約が取れる。おもしろいくらいだった。

 何か振り切ってしまった感がある。悪いことをしているのはわかっているけれど、ただ、本当に契約が欲しかった。一つでも多くの契約が欲しくてたまらなかった。まともに、真面目にやっては契約なんてそう簡単に取れない。パンプスの中を血豆で赤く染めて、絆創膏を2枚重ねづけするものの、痛みは拭えずに担当地域を裸足でヨロヨロ歩いたり、嫌われたり、友だちを失ったり、拒まれ続けた私はもう限界をとっくに超えていた。

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 契約を積むにはもう手段など選んでいられない。私は止まれなかった。

 契約の取り方なんてどうでもいい……とにかく契約があればいい、契約があれば安心する。

 ビンゴの紙の「三上」という苗字の上にようやく咲いた花、営業成績一覧に積まれた契約を見ながら胸を撫でおろす。思わず笑いそうになった。それも立っていられなくなるような、笑い。まるで漫画のワンシーンのように、床を転がり、大声を上げて笑い出すような。さすがにオフィスでそれはできないから、こっそりとあのアイデアコンテストの結果を片手に涙した非常階段へ行き、そこで鉄柵をグッと握って風を受け、空を仰ぎながら、笑った。

「アハハハハ、契約取れてる! 取れてる~」

 何がおもしろいかはわからなかった。とにかく笑えて仕方がなかった。ビンゴは達成し、11月戦を無事に終えた。その時点で、呪文を使うのはやめるべきだった。けれど……。

「ふざけんなよ、どうなってんだよ、この数字。上に立つおまえがしっかりしていないからこんなちんけな数字しか上げられないんだろう。しっかりしろよ!」

 オフィス長を怒鳴る支社のトップの老年男性の声を思い出す。怒鳴られるオフィス長や委縮するマスターらの姿も見たくなかった。血がつながっているわけではないが、毎日顔を合わせているオフィス長やマスターが、働きアリを管理するだけの、現場にも出てこないような男性に言葉と声量でいたぶられているのを見ると、DVを目の当たりにした子どもみたいな気持ちになる。なんとかしなくては。悪からオフィスを守るような気持ちで呪文を唱え続けた。