気がつけば抜け出せない蟻地獄
「三上さん、あと1件の契約で次の職選、ゴールドだよ」
オフィス長の一言で皆が、「すごい」と沸いてくれるものの、もう心臓は止まりそうだった。
ゴールドに上がれるのはうれしい。この先、契約が取れなくても、少なくともシルバー落ち、ブロンズ落ち、したとしてでも、ここにいられるわけだから。けれど、こんなことずっと続けられるのだろうか……。その不安は前からあったにもかかわらず無視をしてきた。ここにいる限り契約を取り続けなくてはいけない。私は本当にこのまま進んで大丈夫なのだろうか。
「最近、がんばってるもんね」
「おめでとう、すごいよ」
本来ならば場の主役になって賞賛されて、賞賛の言葉一つひとつを花のように一輪一輪愛でて、花束のように抱きしめたかった。現実、私はその賞賛の言葉を受けるような立場ではないから、「がんばっている」「よかったね」の優しい言葉は、ナイフのように体に刺さって、その刺さったところから垂れ流される血が、ようやく私に善悪の感覚をジワジワと戻させる。
我に返ると、私ったら何をしていたのだろう……と恐ろしくなった。いくら恐ろしくなったところで、保険料を肩代わりした契約が消えるわけではない。
「あの、オフィス長」
「ん?」
「えっと、あの……なんでもないです。すみません」
罪悪感に耐えられなくなり、罪を告白しようとした。
言えなかった。
今までの私、どうかしてた、今日からは心を入れ替えてやろう! もう取ってしまった契約はバレないように守っていく。もうあの呪文は使わない。そう心を入れ替えて出勤し、アポに向かうものの、真面目にやってもやはり契約は取れないのだ。いつもの何倍も足を動かしているのに、ちゃんとした契約が取れないのだ。
同時に、肩代わりすると宣言した保険料が生活を圧迫している。
魔法の言葉は確かにその場では魔法のように契約が取れるけれど、当然保険料は発生し、のしかかる。肩代わりした金額が給与とたいして変わらない額になり、保険料の足しにしようと始めた夜のカラオケ店のバイトで酔っ払いにくだを巻かれて絡まれて、ヒットポイントが削られる。
恐ろしいまでの自転車操業だった。