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「やればできるって思ってたよ」周囲からの賞賛と罪悪感

 今までは契約ゼロの月もあった。延命してからはゼロの月などない。それもそのはずで、正しい契約の取り方ではないのだから。とはいえ、契約ゼロのいたたまれなさや惨めさに比べたら、いけないことをしているという罪悪感すら薄らいだ。もう感覚が麻痺しているのだ。契約を取れるのならば、あとのことはどうでもいい、どうにでもなればいい。明るい自暴自棄のような状態が数か月にわたりずっと続いていた。

©AFLO

 そんなある日。

「三上、最近、契約取れてきてるね」

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 テレアポ中に、マスターからふいにそう言われてドキリとする。

「いえ、そんなことは」

 実力で、正しいやり方で契約を上げていると疑わないマスターの言葉には、申し訳ない気持ちで久しぶりに胸が痛む。初めて罪悪感を知ったときみたいに胸の痛みを感じ、思わずよろめきそうになる。

「やればできるって思ってたよ」

 もしこれが自分の実力で契約を上げているのならば、胸を張って誇ってよいかもしれないが、私は誇れることなどしていない。むしろ、咎められることしかしていないのに……。とてもとても心が痛んだ。痛がる資格なんてないのに。

「これあげる。お客さんのところでもらったの。シルバーに上がってからずっとがんばっているから、そのご褒美だぞ」

 村上リーダーが私のデスクにマカロンを置いてにっこり微笑む。

「いえ、あの……」

 こんなのもらえない。だって私は……。

「本当に偉いよ。私なんてこのままじゃブロ落ちだもんなぁ、がんばらなくちゃ」

「いえ、ルミさん……そんなことなくて」

「私からはチョコをプレゼントしてしんぜよう」

「……これ、ハピ郎のティッシュ、新作だから使いなよ。意外と根性あったね、三上って」

 ルミさんや緒方さんからもそう言われて、いたたまれない。この人たちは私が違反を起こしていることを知ったらどんな反応をするのだろうか……。今すぐに、「実は私!」と言ってしまおうかとも思った。当然、そんなことはできない。

「私より年下なのに本当にすごいなぁ」

「めちゃくちゃ憧れちゃいます」

 中途採用の年上の後輩さんや、今年、新卒で入ってきた後輩にキラキラとした眼差しを向けられて、申し訳なくなる。憧れられるような人間じゃないよ。本当はね、偽物なの、嘘ばっかりなの。有村さんもこんな気持ちだったのだろうか。

 憧れるのは簡単で、ただ胸の高鳴りに身を任せていればいい。一方で、憧れられるというのはうれしい反面、憧れに相応しい自分でないと重くてつぶれてしまいそうになる。