「大したことではないんですけど……」と、カウンセリングルームに足を運んだのは3度の自殺未遂を経験した女子大学生。彼女の生い立ちを聞いていくにつれて見えてきたのは、幼い頃から心理的ヤングケアラーの役割を担わざるを得ない、歪な家族関係だった。彼女はなぜカウンセリングを受けることを決めたのか。公認心理師である長谷川博一氏が、その理由を紐解きます。(全2回の1回目/続きを読む)
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「怖くなって、やめてしまいました」
私の向かい側に座った心菜さん(仮名・21歳・大学生)は、何も悩んでいないかのようにニコニコと笑みを浮かべていました。整えられた髪に清楚なワンピースをまとい、真っ白なスニーカーを履きこなす姿も相まって、カウンセリングを求めている人のようには見えません。
「どうされましたか?」
心菜「大したことではないんですけど」
「ニコニコされていますね?」
心菜「そうですか。いつもこんな感じです」
「今日は、何か理由があって来られたのだと思います」
心菜「はい、大したことでは……」
なかなか本題に入ろうとしないので、私はこれまでに会ったクライエントさんとの経験を踏まえて、思い切って考えていることをぶつけてみたのでした。
「大したことではないと思ってしまう人ほど、実は、大したことである場合が多いんです」
すると心菜さんの様子は一変しました。ややうつむき、瞼を閉じ、襟元に巻かれたスカーフを両手で握ります。そして息も乱れ始めました。
「慌てなくていいですよ」
心菜「はい、あの……怖くなって、やめてしまいました」
その声は、まるで話すのを禁じられているかのように喉が締め付けられ、濁っていました。声と同時に、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちました。
カウンセリングを申し込む直前、心菜さんは一人住まいの自室で首を吊って死のうとしました。しかし、意識が遠のいてきた瞬間に「怖い!」と感じ、咄嗟に紐を外したというのです。そして恐怖心に任せて、衝動的に私のカウンセリングセンターに連絡を入れたのでした。スカーフは、まだ首に残る痕跡をカモフラージュする役を担っていました。
「生きていてくれて、こうしてお話が聴けるのは、とても嬉しいことです」
心菜「いえ、私の話なんて」
「私の話なんて?」
心菜「もっと大変な人がいっぱいいるじゃないですか」
「あなたに必要なのは、まずあなたのことを一番心配してあげることかもしれません」
心菜「私のことですか」
「はい。どうも自分のことを考えていられないような、そんな複雑な理由があるように感じます」
心菜「ふつうだと思いますけれど」