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業界用語でいう「遺体の機嫌が悪い」状態とは…

 欧米から送還される棺のほとんどが鉄製の2重、3重構造だ。だが国によっては木製のみの棺というケースもある。その場合は体液や防腐液の漏れをふせぐため、遺体はジッパーのついた特殊な袋に詰められるか、ビニールで何重にもぐるぐる巻きにされてくる。そうした遺体は、業界用語でいう「ご機嫌斜め」「機嫌が悪い」状態であることが多いとA氏はこぼす。

「ひどいとかなり腐敗が進んでしまっていて、棺の蓋をあけた途端、鼻を突き刺すような臭いがする。あまりに臭いので、それだけで目が痛くなる」

 通常、エンバーミングすると遺体の肌はエンバーミンググレーといわれる灰色になるという。暑い国で保存状態が悪かったり、エンバーミングの技術が未熟な国から送還されてきた場合は、遺体が茶色に変色していたり、あちこちから体液や保存液が漏れ出て、ガスで身体が膨らんでいたりするらしい。保存液が末端までいき届かず、足先や指先が腐っていることもあるという。

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マスクとゴーグルは必須 開けた瞬間出てくる揮発性のホルマリン

 電動カッターが勢いよく回り、鉄板を切る音が響く。とたんに独特の臭気が漂い始めた。臭気の正体はホルマリンだ。

「ホルマリンは揮発性が高いから、換気をきちんとしていれば数分で問題のないレベルになる。しかし開けた瞬間、一気に出てくるから、防護していなければ危険。絶対にマスクとゴーグルは着用すること」

写真はイメージ ©️AFLO

 取材の前にそう念を押され、マスクとゴーグルを着用したが、マスクの隙間から気化したホルマリンが入ってくるのか、かすかに独特の臭気を感じた。

 ホルマリンは劇薬だ。使用には許可がいる。ホルマリンの成分、ホルムアルデヒドは遺体の細胞の状態を維持させるが、発がん性もある。このため身体を防護する装備もないまま、ホルマリンで防腐処理された遺体の入った棺を開けると、その場で暴露することになる。防毒マスクと防毒ゴーグル、手袋の装着が必須になる。

「性能のいいマスクやゴーグルがない頃は、防護しても目はしみるし、咳き込むし、大変だった。国によっては、ホルマリン漬けみたいな処理をしてくるところもあって、涙を流しながら作業した」

 鉄板がはずされ、遺体の処理が始まる。