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「見るからに変色して腐敗していれば、臭うのは当たり前。表面はそうでもないのに腐臭がすれば、遺体の内部で何らかの問題が起こっている可能性がある。嗅いでいるうちに、臭いにも種類があることがわかる。防腐液の臭いなのか、単に腐敗している臭いなのか、それとも何らかの病気でなくなった臭いなのか。

 だからといって臭いに慣れることはない。あまりの腐臭で鼻がバカになることもある。鼻毛にまで臭いがついた感じで、その時は何を食べても味がしない」

 身体のどこに、どんな傷や痕があるのか。エンバーミングを施された傷口から体液はもれていないのか。足先や指、爪の色までチェックしていく。遺体を横向きにして背中を確認すると、背中の一部がやや赤黒く変色していた。

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「ここまでうまく薬剤が回っていないが、臭気はないから大丈夫だ」

日本人にはなじみが薄い「エンバーミング」とはどんなものか

 エンバーミングは日本人にとってなじみが薄い。日本は火葬国であり、亡くなってから3~4日で火葬されることが多く、通常はドライアイスで冷却する。火葬までに1~2週間もかかるケースは稀で、たとえ時間がかかっても、日本にはきちんとした保冷設備がある。

 死亡後すぐに腐り始める熱帯の国や、遺体を保存する保冷庫がない国ではないため、エンバーミングが必要なケースは少ない。欧米はキリスト教徒が多いこともあり、遺体はエンバーミングを行ってから土葬するのが主流だ。霊柩送還では、遺体は故人が亡くなった当該国の法律に則った方法によってエンバーミングを施されて送還される。

 エンバーミングとはどのようなものか。エンバーマーを養成する一般社団法人日本遺体衛生保全協会のHPでは、血液系を利用して血液と防腐剤を完全に入れ替え、全身を灌流固定する理想の保全処理とされている。その処置には「消毒・殺菌」「腐敗防止」「修復・化粧」があり、故人とよりよい別れを実現するためのものであると書かれている。

黒い液がツツーと口元から漏れてくる。エンバーマーはすかさず…

 軽く開いている口の中をのぞいたA氏が、遺体の顔を横に向かせた。黒い液がツツーと口元から漏れてくる。K氏がすかさず、その口元に大人用のおむつを当てた。思わずウワッと声を上げそうになった。口元から黒い液体が流れ出るという姿は、まるでホラー映画だ。その上、口元にあるのは顔がすっぽり隠れるくらいのおむつ。

「口元におむつなんてと思うだろうけど、体液の漏れにはこれが一番。よく吸収するし臭いが出ない。廃棄も簡単だから便利だ」と説明しながら、K氏が横向きの頬の下におむつをもう1枚、グッと差し込んだ。遺体に残った体液が口から出てこないように、喉に薬剤が詰め込まれていたという。それが溶けて流れて出たのだ。