遺体を仰向けにしては横にするという同じ動作を10回ほど繰り返す。黒い液体が口から何度も出てくる光景は正直、エグい。見る見るうちに真っ白いおむつが真っ黒になった。
「全部出たようだが、溶けるとまた漏れ出すかもしれない。次の移動の時に出てこないよう、口元は閉じたほうがいい」
A氏は口元の汚れを脱脂綿で丁寧に拭き取ると、外科手術で使う特殊な接着剤を取り出した。頬から口元を少しマッサージして口をきれいな形に整えると、接着剤で唇を留めて固定した。故人の家は福岡にある。成田空港でピックアップした遺体は、エンバーミングを施した後、再び国内線で家族の待つ福岡へ搬送しなければならなかった。
エンバーミングの処置で縫われていた傷口を確認し、手足の指を触って皮膚の感触を確かめ、色を見る。
「足の指が2本ほど、変色して腐り始めている」
色がそこだけ違うのが見た目にもわかる。エンバーミンググレーではなく白茶けている。腐りかけている理由は「エンバーミングの際、血管から注入した防腐液が、指の末端まで回らなかった」とK氏が説明する。防腐液は遺体の末端まで液が回るように、心臓方向から末端に向かってマッサージしなければならないが、これが足りなかったらしい。エンバーミングでは、遺体の部位によって腐り始めの色が違うのだ。
「水死や焼死などは遺体の損傷が激しいため難しいが…」
他の部分に変色や臭気がないことを確認する。遺体は今日中には福岡の自宅に帰り、明日葬儀が行われる予定のため、2人は「このままドライアイスで保存すれば問題ない」と判断。それ以上の防腐処置は行わなかった。
遺体の腐敗が激しかったり、葬儀まで時間がかかるケースでは、さらにエンバーミング処置をし直すという。
遺体に服を着せ始める。洋服は先に遺族から預かっていたものを着せた。故人が旅先から帰国する時、着せようと用意してくれたものだ。A氏は「水死や焼死などは遺体の損傷が激しいため難しいが、家族がこれを着せて欲しいという希望はできる限り尊重する」と話す。遺族から渡されたのは下着、水色のシャツ、グレーのスラックスにグレーの靴下。ネイビーのジャケット。履いていた黒の革靴、締めていた黒のベルト、つけていた腕時計はそのままだ。着付けが終了。次はメイクだ。