南 後日行ったら店の人が「あ、あの子はねえ。実は子ども持ちなんですよ」って言うんだよね。それで子どもがまだ小さかったからお母さんが働くわけにいかずあの子がこうして働いていた。昼間は他の仕事をして夜はここで働いてたんで、もう子どもがお母さんの手を離れたから夜の仕事をしなくてもよくなって来なくなったって言うんだ。
――ということはノンケ〔異性愛者〕なんですか?
南 ノンケだったの。一度帰りに「今晩、僕と飲みに行かない?」って誘ったら「いいですよ」って言われた。それで閉店になるのを待っていたんですね。だからその日は結構お金がかかったんだよ。何杯も飲むことになるから(笑) 私はそのとき井の頭線の明大前〔杉並区〕にいたので、新宿から京王線で。そこで降りて。さて、どこへ泊まろうかと思ったらまあ昼間からよく目につく旅館があったんですよね。
泊めてくれって言ったら「ああ、いいですよ」って言うから、それで2人して泊まったんだけれども、あれですね。向こう〔旅館〕は男2人っていうのは別々だと思ってるからね。2組布団を敷くわけね。1つずつに寝たんです。こっちは受け身のほうだから全然手を出さない。だから結局向こうも何もしないで。そのまま朝になって。それで電車に乗って彼は帰っていった(笑)
――じゃあ南さんは自分からセックスをするっていうのはなく、結構奥手だったんですね。
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【注1】アドニス……新宿歌舞伎町・旧「青線」新天地(後の柳街)にあったゲイバー。店主は不詳。1952~53年頃の開業か。新宿のゲイバーとしては「夜曲」「イプセン」に次ぐ古参。閉店時期は不明だが、1970年の住宅地図には存在する。
【注2】都電引き込み線……新宿区役所通りと靖国通りの交差点の東脇から新田裏交差点(現:新宿6丁目交差点)に至る都電13系統の回送・留置線。現在は遊歩道「四季の路」になっている。
13系統は新田裏から専用軌道を通り、靖国通りを横切って紀伊國屋書店西側の路地を抜けて、新宿通りの角筈停留所に至っていたが、1953年以降、新田裏から明治通りを経て三光町交差点(現:新宿5丁目交差点)を右折して靖国通りに入り、歌舞伎町の南側の「新宿駅前」停留所に至るルートに変更された。
それに伴い、旧線となった専用軌道の一部が大久保車庫への回送線、留置線として利用されるようになった。この線路を挟んで東側に「花園小町」(後の「花園街」)、「花園歓楽街」(後の「ゴールデン街」)、西側に「新天地」(後の「柳街」)、「歌舞伎新町」があった(いずれも「青線」=黙認されない買売春地区)。