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「協調性ゼロ」「アメリカ人みたいに詰めてくる」と評判に…“人を怒らせる天才”が日ハムの新本拠地を完成させるまで

えのきどいちろうが『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(鈴木忠平 著)を読む

『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(鈴木忠平 著)文藝春秋

 前沢賢という名前に強烈な印象を持っていた。僕は球団創設以来の熱心なファイターズファンで、世間から「日ハムに関してはあいつに聞いとけ」と思われてるフシがある。20年以上前だった。ベイスターズ関係の業務をしている人から「前沢賢ってどういう人?」と問い合わせの電話があった。ベイスターズの事業部にいる前沢という人が「話を聞かない」「アメリカ人みたいに詰めてくる」「協調性ゼロ」で困るのだという。元日本ハムのフロントにいたそうだけど、知ってるか?

 そんな苦情のようなのを僕に持って来られても、と思う。第一、僕は前沢という人を知らない。ファイターズの選手だったらブルペン捕手だって知ってるけどなぁ。まぁ、その場は「じゃ、人に聞いてみるね」で電話を切った。しばらくしたらその前沢さんはベイスターズを辞めた。いろいろ軋轢があったらしい。

 その前沢賢さんこそ本書『アンビシャス』の主人公ともいえる人物だ。鈴木忠平のノンフィクションは『嫌われた監督』でも『虚空の人』でも、常識の枠からはみ出してしまった「埒外の人」にまなざしをそそぐ。北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド北海道」開業にまつわる人間模様を描いた『アンビシャス』では、前沢賢という個性がその役割を担う。作品中、「ブルドーザー」「人を怒らせる天才」と語られる個性だ。電話を受け、僕が「人に聞いた」評判もおおよそそんな感じだった。

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『アンビシャス』によると、前沢氏は経営会議で「新球場建設シナリオ」をプレゼンし、黙殺され、いったん日本ハムのフロントを辞している。それでベイスターズに移ったタイミングでどうも僕の知人を「アメリカ人みたいに詰めて」いたらしい。だが、彼は日本ハムに呼び戻される。新しい時代をつくる核として、前沢賢という際立った個性は欠かせないものだった。

 やがてファイターズの本拠地移転は報道ベースに乗り、前沢賢・事業統轄本部長はそのキーマンとして知られるようになる。僕はファイターズが単なる新球場を建設するのでなく、拡張するスポーツ・コミュニティーを目指しているのを知る。

『アンビシャス』の面白いのはここからだ。移転先はどうなるのか? 受け皿はあるのか? 資金調達はどうする? 「総工費600億円にのぼるボールパーク建設」という途方もない夢に向かって、前沢氏をはじめとする日本ハム球団も、候補地となった北広島市も札幌市も、まさに群像劇さながら動き出す。「中の人」の思いが交錯し、揺れ動く。僕らはそのインサイドストーリーを追体験する。

 だから北の『プロジェクトX』なのだ。クライマックスの、建設地が北広島に決まったくだりは(もう、決まると知ってるのに)どうしようもなく泣けてきた。

すずきただひら/1977年、千葉県生まれ。日刊スポーツ新聞社で中日、阪神などプロ野球担当記者を務め、2016年に退社。Number編集部に所属したのち、フリーのノンフィクション作家に。『嫌われた監督』で大宅壮一ノンフィクション賞など受賞。他著に『虚空の人』など。
 

えのきどいちろう/1959年、秋田県生まれ。コラムニスト。著書に『F党宣言! 俺たちの北海道日本ハムファイターズ』などがある。

「協調性ゼロ」「アメリカ人みたいに詰めてくる」と評判に…“人を怒らせる天才”が日ハムの新本拠地を完成させるまで

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