ときには「死産報告書:死因は母親のワクチン接種」などと書かれたメッセージが届いたことも……。ワクチンの正しい知識を広めるなかで、ハーバード大学准教授で小児精神科医・脳科学者でもある内田舞さんが直面した「ネットの誹謗中傷」、そしてそこに見た「日本人の女性に対するバイアス」とは?
内田さん初の単著『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
科学を無視したトランプ政権、コロナ禍での妊娠
2020年、私は渡米14年目の医師として、また妊婦として、新型コロナパンデミックを経験しました。
アメリカのコロナ対策に関して、トランプ政権下の政府と一部メディアの「科学の無視」はひどいものでした。
「コロナは存在しない」「マスクで我々の口を封じようとしている権力者には屈しない」と感情に訴える、政治的なメッセージが混ざった非科学的な情報がソーシャルメディアなどで拡散され、多くの人が間違った情報を元に煽られた「なんとなく」の感覚に従い、パンデミック初期から堂々とソーシャルディスタンスを取らない、マスクを拒否する、大勢で会食をするといった行動に出ました。政治的分断が医学や科学的事実の解釈にまで直接影響を及ぼす事態に私は驚きました。
しかしウイルスは、人々の感情や信仰や政治的思想などとは関係なく、感染していくものです。こうしてアメリカでは科学を無視することで、病院には人工呼吸器が必要なくらい重篤な患者さんが次々に運ばれ、国内だけで100万人以上の方がコロナの影響で亡くなる結果になりました。
また、ワクチンがまだ存在しなかったパンデミック初期は、「誰かがかかってしまった」と他人事で終わる状況でもなく、感染者が存在する限り、人々の生活は制限され続け、自分への感染の恐怖と隣り合わせだった時期で、2020年のアメリカでは、とにかく自分や家族の感染を避けたいと怯える毎日でした。私はこのようなアメリカのコロナ禍の中で医師として働き、また3人目の子どもを授かりました。3人目はほしいと思っていたものの、実際妊娠がわかったときには、喜びよりも不安の方が大きかったのです。
妊娠中のコロナ感染は重症化のリスクが同世代の女性よりも高く、重症化してしまった場合は早産の確率が上がったりと、赤ちゃんも数々の身体的なリスクにさらされます。ただでさえ妊娠中は肺が子宮に押し上げられて呼吸が苦しい状況なのに、もし感染してしまったらどれだけ息苦しいことだろう、発熱が続いた場合にはどれだけお腹の中の赤ちゃんに負担がかかるだろう、夫や上の2人の息子たちにはどんな思いをさせてしまうだろうと考えました。