「世の中を良くするためには誰かの非を指摘し、攻撃するしかないと考える若者も多く、SNSによってこのようなキャンセルカルチャーが加速しているが、それは変化をもたらすアクティビズムではない」(バラク・オバマ元大統領)
過去の失言や行動が、表現する機会の喪失や、役職辞退につながる国際社会。ところが、こうした近年の風潮を、冒頭のオバマ氏の言葉のように「危険視」する声も。今「キャンセルカルチャー」が抱える問題とは? ハーバード大学准教授で小児精神科医・脳科学者でもある内田舞さん初の単著『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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行き過ぎたキャンセルカルチャー
近年、今現在の感覚に照らして昔の言動が差別的であるとみなされた場合などに、SNS上で責め立てられたあげく、その言動をした者が作品発表の機会を失う、役職を辞退させられるといった「キャンセルカルチャー」も多く見られるようになりました。
「キャンセルされる」ことに関しては、差別的な行動がどれだけ個人あるいは社会に悪影響を及ぼしたかなどを考慮に入れた細やかな対応が必要かと思いますが、もし全ての過去の失言や行動がキャンセルに繋がってしまうのであれば、それはとても残念なことだと思います。
「キャンセルカルチャー」は実際に、炎上のパターンとして頻繁に目にします。ある人の発言や行動がメディア上で否定的に言及されると、多くの人がその人に対して怒りを表明し、業界から追放しようとするかのような波が生まれることも度々です。でも、こんなふうに自分から遠く離れた知らない誰かに対して怒りが湧き上がったときも、いったん立ち止まり、「再評価」をすることを勧めたいのです。
強い感情が生まれるのには理由があります。例えば怒りを感じるのはあなた自身のどのような経験が影響しているのか? それは本当に相手の意見を理解しての怒りなのか? 本質とは関係ない相手への嫉妬などが怒りの根源になっていないか? その人を攻撃して、自分や自分の大切な人の幸福度が高まるだろうか? と一呼吸おいてみた上で、発信に意味があると考えるのならば、思いのままに発言すべきだと思います。
しかし、「再評価」の過程を踏まずに、感情に任せた攻撃によってたとえ相手を業界追放のような局面に追い込んでも、ほとんどの場合、それによって自身の幸せが得られるわけではないのです。
オバマ元大統領もキャンセルカルチャーに関して警鐘を鳴らしています。「世の中を良くするためには誰かの非を指摘し、攻撃するしかないと考える若者も多く、SNSによってこのようなキャンセルカルチャーが加速しているが、それは変化をもたらすアクティビズムではない」と。「罪とは無縁で過去に間違いのない人などいない。世の中は純粋ではなく、もっと複雑なものだ。とてもいいことをしている人にも欠点はある」。