一九五〇年代の東映時代劇黄金期を支えてきた名匠・沢島忠監督が、先日亡くなった。
本連載では沢島監督の作品を何度か扱ってきたが、その度にご感想をいただいていた。以来、時には直接お目にかかりながら、当時の思い出話をうかがうようになっていった。最後にお話しさせていただいたのは今年の元旦。朝早くに監督からの着信があった。「入院しております」消え入りそうなお声を聞いたのが、結果として最後となってしまった。
折に触れて、監督はこうおっしゃっていた。「私のような忘れられた映画監督を思い出していただき、ありがとうございました」だが、これだけ素晴らしい作品たちを残してきた監督が忘れられていいはずはない。そこで今回は、代表作の一つ『一心太助 天下の一大事』を取り上げる。監督と名コンビを組み続けた中村錦之助が鉄火肌の魚屋・太助を演じる人気シリーズ第二弾で、本作で錦之助は太助と将軍家光の二役を演じている。
軽快――。沢島監督の時代劇の魅力を語る際、これほどふさわしい言葉はないだろう。とにかく演出のリズムが「軽やか」で、それが実に「快い」のである。明るく賑やかな、お祭り騒ぎのようなスピーディな映像が次々と繰り広げられ、その目まぐるしさに巻き込まれているうちに、アッという間にエンディングを迎える。そして、観終えると「ああ楽しかった!」そんな爽快な気持ちが全身を駆け巡る。
本作は、そんな沢島監督の魅力が凝縮した一本といえる。
冒頭から最高だ。カメラに向かって駆けてきた太助が観客に向かって口上を述べるオープニング、タイトルロールが終わると四の五の言わずにすぐ動き出す物語、駆ける太助、それを追ってカメラも奔(はし)る。セリフにアクションに表情に――全てが躍動する錦之助らの姿をスピーディに切り取る速いカッティングの映像の軽快さに乗せられているうち、心がウキウキしてくる。
そして、テンポの良さは九十分の上映時間、最後まで一度としてダレることはない。説明的な場面や情緒的な演出は一切なく、ひたすら前へ前へ、テンポ良く物語は進む。
ラストは太助率いる魚屋たちと侍・木場人足の連合軍との大乱闘。思い切り大騒ぎして、少し泣かせたらダラダラと引っ張ることなくスパッと終わる。完璧なリズムだ。
以前お会いした時、沢島監督が目に涙を溜めながらこんなことをおっしゃっていたのを思い出す。「錦よ。早く俺を迎えにきてくれ。向こうで巨匠ばかりとやっていても面白くないだろう――」今頃、天国で二人は楽しく時代劇作りを再開していることだろう。死後の楽しみが、一つ増えた。