文春オンライン

山はおそろしい

《いい話》「やってきた登山客は、12人の少年院の子どもたち」時には入れ墨が見えたことも…山小屋の女主人がそれを「人生最高の思い出」と振り返るワケ

《いい話》「やってきた登山客は、12人の少年院の子どもたち」時には入れ墨が見えたことも…山小屋の女主人がそれを「人生最高の思い出」と振り返るワケ

『山小屋主人の炉端話』 #1

2023/05/02

genre : ライフ, 社会

note

「慣れない人は手を出さないほうがいいと思うよ」と私はいったが、結局は刑務官たちが運ぶことになり、登山口まで行った。

 出だしはよかった。道が広く、傾斜も緩い。「楽勝」といって笑顔も出た。が、次第に傾斜がきつくなり、坂道ではずるずると下がってきた。だんだん真面目な顔になり、仕舞いには無理だ、などといっていた。手をこまぬいている彼らを見ていった。

「試しに私が背負ってみますから、落ちそうになったら、支えてください」

ADVERTISEMENT

 私は冷蔵庫の下にもぐり、ロープで固定すると、腰に力を入れてグッと持ち上げた。思った以上に重かったが、4人に支えられていると思うと気が楽だった。一歩ずつ、慎重に急な斜面を登っていった。急なだけでなく、道が狭いため、ぶつけないようにするのが大変だったが、刑務官たちが指図してくれた。

「そうさ、あたしゃ金時の山姥だよ」

 ときどき休憩した。再び立ち上がるとき、持ち上げてくれた。ひとりでは絶対に持ち上がらなかった。

 こうして冷蔵庫は、1時間半かかるところを2時間半かけてようやく茶屋に運び上げることができた。茶屋で汗を拭きながら、「勝俣さんって力あるんだね」と刑務官が驚いている。

「コツなんだよね」といおうとしたが、「そうだね、いざとなったら、女のほうが力があるかもしれないね」といった。

「まるで……」

「まるで山姥だといいたいんでしょ」

 刑務官はあわてて顔の前で手を振ったが、

「そうさ、あたしゃ金時の山姥だよ」

 そういうと、皆で顔を見合わせて大笑いになった。

 その1週間後、予定どおりに刑務官が子供たち12人を連れてきた。茶屋で今か今かと耳をすませていると、下から笑い声が聞こえてきた。

「着いたぞ……」

関連記事