「うちでよかったら使ってください。何か作るんだったら鍋でも茶碗でも何でも貸しますよ」
「ありがとうございます」
刑務官はほっとした顔をして深々と頭を下げた。そして、話が決まり次第、また相談に来ますからといい、帰っていった。
後ろ姿を見ながら、今どき、珍しく仕事に熱心な人だと感心した。だが、そうはいったものの、ひとりになると、ここで子供たちに暴れられたらどうしようかとか考えたら、ちょっと気持ちが沈んだのも確かだ。
しかし、山にはいろんな人が来る。それまでつらそうな顔をしていた人も頂上に立つと、ほとんどの人が来てよかったという表情をする。少年院の子供たちも山頂に立って清々しい気持ちになり、ひいては更正のための一助になるかもしれない。そう考えると、ちょっとやそっと何かあってもいいと思えるようになった。
そのとき、私は子供たちに冷たい物を飲ませるためにも冷蔵庫を上げなければと思った。清涼飲料水を冷やす冷蔵庫で、もうだいぶ前に買って家の庭に置いてあった物だ。が、今度運ぼうと思っているうちに何日もたっていた。何せ100キロもある代物で、主人や息子に手伝ってもらいたいが、それぞれ仕事があり、なかなか運び出せなかったものである。
山まで冷蔵庫を運ぶことに
私は、家に戻ると、主人や息子に近々運ぶので手伝ってほしいといった。運ぶといっても、病弱の主人には無理で私が運ぶのである。主人や息子は休憩のときに持ち上げたり、監視する役目だ。そのほうがやりやすい。狭い登山道を数人で運ぶほど効率が悪いことはない。今まで70キロの発電機やらテーブルなどを運んだ経験で知っていた。
そして、いざ運ぶことになった数日後、庭で車に冷蔵庫を載せていると、声がかかった。見ると、刑務官が笑って門のところにいた。ほかに3人いた。
「うちの子供たちを山に連れていく件ですが、院長の許可も下りて、これから下見がてら、茶屋にごあいさつに行こうとしていたところでした」
ほかの3人は同僚だった。
「それはよかった、私もこれから、これを持って山に登るところなんです」
「冷蔵庫をですか……」
刑務官たちが冷蔵庫を見て目を丸くしている。しかも主人たちは付き添いで運ぶのは私だというと、絶句した。
「うちのは、荷物を運ぶのは慣れているから大丈夫と思います。何たって金時の山姥だから……」と主人が笑いながらいった。刑務官たちも一瞬笑ったが、その場で相談して「手伝わせてください」といった。