世界最大手の半導体製造企業であるTSMCは、1987年に台湾で創業された。いまや時価総額は60兆円に迫る。トヨタ自動車のおよそ2倍である。

 ここでは、ジャーナリスト・湯之上隆氏による『半導体有事』(文春新書)より一部抜粋して紹介する。国際政治を左右するほどの巨大企業を一代で築き上げたモリス・チャン氏は、いかなる人物なのか。(全2回の1回目/続きを読む

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 TSMCは1987年にモリス・チャンが創業した。筆者は、2013年6月17日に放送された、NHK「島耕作のアジア立志伝」の「“下請け”が世界を変えた」を見て、初めて、その経緯を知った。そして、モリス・チャンがTSMCを創業するまでの驚きのドラマに心を打たれた。

 モリス・チャンは、1931年、銀行の頭取の息子として中国で生まれ、香港で育った。ところが、日中戦争と中国内戦で運命が変わる。家族とともに、飲まず食わずで逃げ惑う日々が続いた。

 1949年、18歳のとき、一念発起して渡米し、ハーバード大に入学、マサチューセッツ工科大学に移った。しかし、一流大学を卒業しても、米国で中国人には職がないことを知り愕然とする。その時の心境を、モリス・チャンは自伝に書き残している。

〈中国人のアメリカでの道が教師か研究者しかないなら、私が先鞭をつけもう一つの道を切り開いてやろうではないか〉

 モリス・チャンはそれを実現するのである。

米国で出会った半導体産業

 モリス・チャンは、産声を上げたばかりの半導体産業に出会い、1958年、当時ベンチャー企業だったテキサス・インスツルメンツ(TI)に入社する。TIはIBMの大型コンピュータ用のトランジスタを下請けで生産していたが、なかなか良品ができなかった。しかし、モリス・チャンは試行錯誤を繰り返し、見事に良品トランジスタの生産に成功する。

モリス・チャン氏 ©EPA=時事通信社

 すると、IBMの幹部が訪ねてきて、「大変驚いています。一体どうやったんですか?」と質問した。モリス・チャンは「朝から晩までトランジスタのことを考えて試行錯誤を繰り返しました。だからできたんです」と答えた。IBMの幹部は「我々大手では、こんなリスクの高い製品について生産ラインを組むことはできません。助かりました」と言った。

 この時以降、それまでは批判や小言ばかり言っていたIBMの態度が一変した。その際、モリス・チャンは、「下請けでもその技術を極めれば大手企業と対等の立場に立てる」ことに気づいた。このことが、その後にファウンドリーを立ち上げる基本思想になった。