精神疾患の多くは境界が不明
この「自分を肯定できない」という深い悩みは、境界性パーソナリティ障害や気分変調症にも多く見られる症状で、摂食障害や自傷症候群で苦しむ人たちにも共通する感覚です。
このように診断名はいろいろとありますが、それぞれにはっきりと目に見える境界線があるわけではありません。精神疾患の多くが「スペクトラム」と表現されるようになってきたように、境界が不明で連続している、あるいはオーバーラップして重なっているというイメージです。
ですから結局のところ、医師にできるのは、出会った患者さん一人ひとりの症状を診ながら、個々人に適切な対応を探っていくことでしかありません。
少し話がズレてしまったので、薬物治療の話に戻りましょう。
薬の処方・服用は慎重に
私の場合、身体醜形症の患者さんに日常的に薬物治療をすることは原則ありません。
精神科で身体醜形症に処方される薬は、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入薬などが主流ですが、日本の薬をあつかう薬事法という法律では、そのほとんどが「劇薬」と指定されています。副作用や副反応がとても強いということです。
こうした薬を飲んだとき、どこに作用するかといえば、それは私たちの脳です。
強い薬なので、吐き気がしたり頭痛がしたり、肝臓をはじめとする内臓機能に影響があったりと、ほかの部分へも作用するわけですが、統合失調症やうつ病、双極性障害など、「脳内の何らかの神経伝達の問題が原因で症状が出てしまうのではないか」とされている病気(内因性精神障害)には、効果を発揮します。
とはいえ、こころの病気すべてに薬が有効なわけではありません。とくに神経症圏の場合は、使い方を間違えれば症状を悪化させたり、薬物依存を招く危険性もありますから、薬の処方にも服用にも慎重になる必要があります。
対処療法としての薬物治療
さて、そんなわけで身体醜形症の患者さんに対して、毎日服用するような薬の処方をすることはほとんどないのですが、例外もあります。
何かしらのきっかけで、命の危険を冒すほどひどく落ち込んだり、周りが制御できないくらいのパニック状態に陥ってしまっているときです。
こうしたある種のストレス反応は、脳科学では「扁桃体のハイジャック」と呼ばれます。強いストレスに反応して、脳の大脳辺縁系にある扁桃体が暴走するため、前頭前野の理性的な思考が遮断され、理性が働かなくなるのです。