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「竹垣はん、洋裁工場が楽でええよ」

 さて、私である。

 配役審査会を間近にして、希望工場をどこにするか思案していると、「竹垣はん、洋裁工場が楽でええよ」と同房の福田万吉(具万吉)という要領のいい韓国のおっさんが言う。

「ミシン踏んで、ブーンと動かしとったらええねんから、女でもできるような仕事や。わし、年やから、いつも洋裁ばっかりやねん」

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「フーン」

「そやけど」

「なんやねん」

「あんた、若いから洋裁工場は無理かもしれへんな。たぶん金属工場ちゃうかな。あそこはサムライ工場や。寒いし、肉体労働やし、かなわんで」

 そうだろうなと思った。私は26歳。福田のおっさんの半分以下の年齢である。

 だが、できることなら洋裁工場に行かせてもらいたいものだ。

(何かいい方法はないものか)

 消灯後、私は天井を見つめながら思案した。

 面接審査会は相当に厳しいものだと聞いている。神戸刑務所は百戦錬磨の再犯受刑者たちが相手なのでそうでもないが、初入者が入るA級刑務所となると、面接はすさまじいという。

 わざと意地の悪い質問をし、受刑者が返答につまるや怒声を浴びせかけるのだ。カタギの受刑者のなかには恐怖と屈辱で震え出す者もいるという。配役前にガツンとカマしておくことで自分たちの権威を誇示し、処遇をやりやすくするという狙いがあるのだろう。

「楽やから、洋裁工場、ヨロシク」

 そんな軽口が叩ける相手ではないのだ。

 そして迎えた配役審査会。

「希望の工場はあるか」

 面接の最後に、気のない、つけ足しのような口調で問われた。

 私はうなずくと、ハキハキした口調で言った。

「洋裁工場を希望します。じつは、私は姫路の駅前で蛇の目ミシン(現ジャノメ)の街頭セールスの仕事しとったことがあるんですわ。せやから、ミシンもバリバリ踏めます」

「そうか、ミシンの街頭セールスをな」

 分類課長がうなずきながら私の身分帳に目を落とした。職歴の欄を見ているのだろうが、職歴にそんなことはもちろん書いていない。セールスどころか、ミシンなど生まれてこの方、触ったこともない。

 だが、やくざの「掛け合い」(談判)はアゴ(話術)が勝負で、これにはいささか自信がある。「希望」を前面に押し出したのでは土下座の「お願い」になってしまい、相手は無意識にサディスティックな感情が芽生えてくる。いたぶりの感情であり、人間はそうしたものだ。

 だから私はあえてお願いの色を薄め、「蛇の目ミシン」という固有名詞を出し、「駅前で街頭セールス」「バリバリ踏めます」と実際に私がセールスしている姿を喚起することに注力したのである。