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南シナ海で「戦闘準備態勢」を整えた米軍艦〈カウペンス〉

 日の当たる艦橋と、さまざまな装置のディスプレイが緑色のほの暗い光を放っている戦闘指揮所(CIC)の間を、〈カウペンス〉の大量の兵器とそれを操作する乗組員の命と生活を一任されている男が行ったり来たりしている。グレッグ・ゴンバート艦長だ。198センチの長身で痩せ型、目は青く、褐色の髪は縮れている。海軍の新しい作業服の青いカバーオール姿だ。熱意とやる気と自信に溢れる彼は、〈カウペンス〉とその乗組員を、そして自分自身を懸命に駆り立てている。中西部の厳しいカトリックの家庭で育ち、義務と勤勉という観念が頭に染みついている44歳のゴンバートは、何事によらずこれまで失敗したことがない。だから、このミッションに失敗するつもりは毛頭ない。

 落ちついた低い声で、ゴンバートは当直将校の若い大尉に短い言葉を伝える。するとすぐさま、艦内のあちこちのスピーカーからその言葉が鳴り響く。

「モディファイド・コンディション・ゼブラ態勢、モディファイド・コンディション・ゼブラ態勢」

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 命令を聞いて乗組員が艦内を走り回り、水密ハッチを閉じ、バルブを閉める。ダメージコントロール班及び消火班がスタンバイし、ソナーやレーダーや電子機器のオペレーターは一層気を引き締めてディスプレイを見つめる。上級兵曹らがあらゆるシステムを再点検する。コンディション・ゼブラとは、「総員配置(GQ)」に次ぐ、海軍の2番目に高い戦闘準備態勢を表す言葉だ。GQは攻撃が差し迫っている状態であり、コンディション・ゼブラはまもなくそうなるかもしれないという状態だ。

 ほんの数分後には準備が整った。その様子を艦橋から観察し、各部署からの準備完了の報告を聞いても、ゴンバートは完全には満足できなかった。乗組員がベストを尽くしているのは分かっている。だが、何と言っても時間が足りなかった……。

巡洋艦こそ現代海軍の花形

 20年のキャリアを持つゴンバートは海軍の出世頭だ。ただし、彼はいわゆる「リング・ノッカー」(アナポリスの海軍兵学校出身者)ではない。ノートルダム大学の海軍予備役将校訓練課程を経て、海軍に入った。それでも、非の打ち所のない経歴の持ち主であることには変わりなく、今後さらに昇進するために必要となる経験をすべて積んできている。就役間もない駆逐艦〈グリッドレイ〉の艦長を初めとして、フリゲート艦や駆逐艦の艦長を務めた経験を持ち、その間に修士号を取得し、昇進に必須となるペンタゴンでの4年間のデスクワークもこなしている。〈カウペンス〉の艦長に任命されたのは半年前だ。

〈カウペンス〉の艦長と言えば、水上艦将校にとって最高の出世であることは間違いない。アメリカ海軍の現役将校は5万5000人いるが、その中で軍艦の指揮を任されている者は300名に満たない。それは並外れた名誉なのだ。もっとも、給与水準からはそうは感じられないかもしれない。軍艦の指揮官の基本給は、階級と勤続年数にもよるが、年に8万ドルから12万ドル。ウォルマートの店長クラスだ。だが、カネ目当てで海軍に入る人間はいない。

 そして、その300名足らずの軍艦指揮官のうち、〈カウペンス〉のような誘導ミサイル巡洋艦の艦長はゴンバートを含めてわずか22名。第二次大戦で活躍したような旧式の戦艦はとうの昔にすべて退役し、スクラップにされたり洋上博物館になった。今や巡洋艦が海軍の新しい花形だ。艦長という海軍のエリート集団の中でも、巡洋艦の艦長は特別な存在なのだ。

 たしかに、潜水艦の艦長たちもエリート集団だ。だが、潜水艦の仕事は身をひそめてこっそり情報を収集したり、ミサイル発射の命令を待つことだ。潜水艦は力を誇示したり、敵を威圧するための船ではない。また、空母のほうが巡洋艦よりも大きいし、空母の艦長のほうが目立つことも事実だ。だが、空母は決して単独では行動しない。空母は必ず空母打撃群を形成し、他の軍艦に守られながら行動する。空母の艦長は空母を指揮するが、同時に、空母打撃群を指揮する最高司令官の指揮下に置かれる。空母の艦長の裁量権はかなり厳しく制限されているのだ。

 巡洋艦の艦長は違う。巡洋艦は空母打撃群の一翼を担うことも多いが、単独で“一匹狼”的ミッションをおこなうこともできる。海軍高官や海軍官僚機構から数千キロメートル離れた場所で、紛争地域から紛争地域へと急行することもできる。巡洋艦こそが前線であり、槍の穂先なのだ。このような船のこのようなミッションを指揮することは、野心的な若い海軍将校の夢だ。グレッグ・ゴンバートにとってもそれは同じだった。

 にもかかわらず、2013年12月5日のその日、南シナ海の中国海軍空母へと接近していく〈カウペンス〉艦上で、グレッグ・ゴンバート艦長は直面する問題の数々に思い悩んでいた。

甲板の先端部分が傾斜した特異な形状の空母〈遼寧〉 ©getty