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「ウィンドウズ2.5」のような時代遅れのイージス・システム

 それから、〈カウペンス〉自身にも問題があった。危機が起きるのは時間の問題だった。

 他のタイコンデロガ級巡洋艦と同じように、〈カウペンス〉という艦名も戦場になった地名に因(ちな)んでいる。「カウペンスの戦い」とは、独立戦争中の1781年、サウスカロライナ州の小さな町カウペンス近郊でアメリカ軍がイギリス軍に勝利した重要な戦いのことだ(カウペンスが「牛の放牧場」という意味を持つところから、巡洋艦〈カウペンス〉の愛称は「マイティ・ムー」〈巨大な牛〉という。ウシつながりで、乗組員全体が「地響きを立てる牛の群れ」と呼ばれることもある)。1991年に就役した〈カウペンス〉は、20年以上にわたって激しい任務に耐えてきた。半年前まで、〈カウペンス〉は予備役に移行したのち、オーバーホールする[部品単位まで分解して、点検・修理する]か退役させるかが決定される予定になっていた。ところがそのとき、アメリカ政府がいわゆる「アジア重視政策」を発表した。経済、外交、軍事の軸足を中東からアジア・西太平洋地域に移す、という政策である。そこで、西太平洋地域における戦力投射と国力誇示のために〈カウペンス〉が使われることになった。700万ドルをかけてサンディエゴでほとんど上辺だけの応急修理がおこなわれ、9月、〈カウペンス〉とその新しい乗組員は西に向けて出港した。

サンディエゴに到着した〈カウペンス〉 ©U.S. Navy

 だから、〈カウペンス〉は“見た目”は立派だった。甲板と上部構造はピカピカだったし、乗組員はダークブルーの制服に野球帽姿でビシッと決めていた。〈カウペンス〉は颯爽(さっそう)と海原を疾走していた。だが、内部となると話は別だった。内部の機械装置は老朽化していたし、電気配線や光ファイバーはごっそり取り替える必要があった。さらに悪いことに、〈カウペンス〉に搭載されているイージス戦闘システム(相互接続されたレーダーとソナーとコンピュータ・システムとミサイル発射装置を使って目標を特定、追尾、破壊する、複雑な艦載武器システム)は時代遅れの代物だった。〈カウペンス〉の若い乗組員らは、もっと高性能の最新式イージス・システムに慣れ親しんでいる。彼らにとって、〈カウペンス〉の時代遅れのイージス・システムを操作することはウィンドウズ10からウィンドウズ2.5に逆戻りするようなものだった。彼らはまだそれをちゃんと取り扱えるようになっていない。

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 充分な時間を与えられれば、〈カウペンス〉の乗組員と時代遅れのイージス・システムはミサイルを発射できるようになるだろうか? 確実にできるだろう。敵の対艦ミサイルが1~2発飛んできたら、〈カウペンス〉は防御できるだろうか? ほぼ確実にできるだろう。だが、突然「乱交パーティー」状態になったら、つまり、何十発もの地対艦・艦対艦ミサイルが同時に飛んできたら、そのすべてを特定し、追尾し、破壊することができるだろうか? 絶対無理だ。もしもこのミッションが失敗し、敵のミサイルの乱打を浴びるようなことがあれば、〈カウペンス〉は深刻な状況に陥るだろう。ゴンバート艦長にはそれが分かっていた。そして海軍にも、それは分かっていた。

 さらに、〈カウペンス〉にはこんな問題もあった。表向きは、ほとんどの海軍将校がそれを単なる迷信と片付けるだろうが、多くの乗組員が〈カウペンス〉は不吉な船だと感じている。実際、艦長のキャリアにとって〈カウペンス〉は本当に呪(のろ)われた船だと言う人もいる。

 前年の2012年、〈カウペンス〉の当時の艦長は別の海軍将校の妻と不適切な関係を持ったとして即刻解任された。海軍は公式にはそれを「将校に相応(ふさわ)しくない行為」と表現し、海軍将校らは「ジッパーの誤作動」と呼んでいる。その2年前には、女性で初めて巡洋艦の艦長になった〈カウペンス〉艦長ホリー・グラフが、部下に対する暴言及び肉体的虐待の廉(かど)でやはり即刻解任されている。将校や乗組員らは、「艦長に突き飛ばされたり押しのけられたりした」「罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられた」「悪さをした子どものように隅に立たされた」などと艦長のパワハラについて訴えた。「ホリブル・ホリー」「海の魔女」などというタイトルでメディアを賑わしたこのニュースは、〈カウペンス〉の名に暗い影を投げかけた。海軍軍人の間で〈カウペンス〉は、星回りの悪い船、キャリアを台無しにする船として取り沙汰されていた。

 だが、南シナ海を進む〈カウペンス〉の艦上でゴンバートが考えていたのは悪運や呪いのことではなかった。その後彼の身に降りかかったことを思えば、そうすべきだったと言えるかもしれないが――。だがそのとき、彼の意識は目下のミッションに集中していた。