筒井康隆の文章の疾走感は世界一ではあるまいか。性急なビートで走るロック的な疾走感でなく、ユーモアもうねりもある文章に高速のグルーヴが宿ったジャズ的な疾走感。天才のなせる業である。

 その極致が『おれの血は他人の血』である。先日、高価な豪華本も出版された名作だ。

 主人公は地方都市の小心なサラリーマン「おれ」。彼には謎の「病」があった。怒りが度を超えると意識を失い、相手を徹底的に叩きのめしてしまうのだ。意識がないから暴れる自分をコントロールすることもできない。だからこそ控えめに生きてきた。しかしある日、ヤクザにからまれて「病」が発現。三人の屈強な男を半殺しにしてしまう。それを見ていた暴力団幹部が「おれ」に接触し……

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 と、ここまでで文庫版にして三十ページほどというハイテンポである。無駄はないが綾はあるキビキビした文体で、町を支配する二つの犯罪組織の抗争に巻き込まれる主人公の奮闘が語られてゆくのだが、真ん中あたりで物語がさらに加速するので驚く。F1に乗っているつもりでいたら急にロケットエンジンが点火したみたいな猛加速なのである。

 ここからは筒井康隆にしかできない超高速スラップスティック大破壊の連続。読む者の感情は脱水中の洗濯機に放り込まれたかのように痛快と戦慄と爆笑の間を振り回されるのである。この三つの感情が「暴力」の本質を映すものなのは言うまでもなかろう。

 こんな無茶な小説なのに印象は驚くほど端正。クールな文体を見事に操っているからである。いわば超絶技巧を駆使した活字の絶叫マシンなのだ。シートベルトをきっちり締めて楽しまれよ。(紺)

おれの血は他人の血 Kindle版

筒井 康隆 (著)

新潮社
2013年12月27日 発売

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