メキシコとの国境に壁を築いてやれ――ドナルド・トランプのそんな発言を見るたびに、昨年四月に亡くなった船戸与一だったらどう思っただろう、と考える。白人世界に虐げられる非白人の怒りを描き続けてきた作家だからだ。
一九七九年のデビュー作、『非合法員』。この無類の徹夜本が描くのは、ブッシュJrやドナルド・トランプのおかげで日本人にも見えやすくなったアメリカの下腹部である。
主人公はインテリジェンス機関の汚れ仕事を請け負う非合法工作員・神代恒彦。仲間とともにメキシコに潜む反政府グループの密殺作戦を終えた直後に物語は開始される。
任務のあとの深い眠りから覚めた神代は、仲間のベトナム人グエンが報酬を持ち逃げしていたことを知る。手がかりを追ってアメリカへ向かう神代だったが、何者かによる襲撃が相次ぐ。殺人の罪も着せられたためFBIにも追われつつ、神代はメキシコの密林からアリゾナの砂漠へ、そしてLAへと走り続ける。
とにかく熱く、激しい。銃撃戦だけではない。神代は途上でアフリカ系やネイティヴといったマイノリティと出会い、彼らの怒りに直面する。それが読む者を触発し、脳の温度をブチ上げるのだ。
異なる正義の衝突が引き起こす戦いを、船戸与一はノンストップ・スリラーとして描き切った。そこに一片の詩情があることも味わいを深めている――荒野に降る月光と、銃弾に噴き上がる血のコントラストは美しくさえある。
神代の旅路の描く線は、アメリカの下腹部を切り裂いて黒い断面を露わにする。そこに覗く闇は、いま私たちがアメリカや欧州に見ているのと同じものなのだ。(紺)