10万円の「名義代」をもらって法人の代表に
店の成長とともに、吉田さんの立場にも変化があった。3年目からは雇用形態がバイトから正社員となり、手取り額は30万円にアップ。さらに2009年頃にはオーナーからある提案を持ちかけられたという。
「『新たに会員制デートクラブを立ち上げるから、その法人Xの代表として名義を貸してほしい。メンズエステの給料とは別に10万円払う』と。デートクラブの運営自体にはいっさい関わらないのに、名義だけ貸すという怪しさはありましたが、収入が上がるならとOKしました」
しかし、実際に会員制デートクラブは発足したものの、1年経っても鳴かず飛ばず。一方で、派遣型メンズエステ事業のほうは順調で、2010年時点では五反田以外に日暮里や新宿にも拠点を構えていたという。
「ただ、あまりに規模が大きくなると、税務署から目をつけられる可能性が高まる。そこでオーナーは、僕が代表として登記されていたデートクラブ用の法人Xのほうに派遣型メンズエステの営業権をうつし、目くらましにすることにしたんです」
もともと派遣型メンズエステを運営していた法人Yのほうは、風俗事業は終了したものの、法人は残したままだったという。「ついでだから、そっちも代表にしといていい?」というオーナーの一言をそのまま承諾し、この時点で吉田さんは2つの法人の代表として登記されることとなった。
「本物のオーナーの存在を隠すために、代わりに別の人間を登記上の代表に置くという手段は、風俗業界ではよく使われる手法です。要は、警察や税務署が乗り込んできたときの身代わり要員ですね。ただ、あくまでうちは“メンズエステ”で過剰なサービスが多いわけではないから、目をつけられにくいだろうとは思っていました。
そもそも風俗業界でまともに申告している店なんて1割にも満たない。しかも、うちの店は、オーナーの判断で、利潤が膨らんだ3年目から、法人Xのほうで年の利益500万円と、かなり数字を抑えて申告はしていました。だから、まったく無申告のお店よりは、よっぽど目をつけられるリスクは低いと思っていたんです」
風俗業界の無申告が常態化している背景には、「税金を払っても、どうせ国には助けてもらえない」という事情があるそうだ。たとえばコロナ禍では飲食店が休業を余儀なくされるとその分の補償金が出たが、風俗を含め夜のお店への援助は皆無だった。加えて、性風俗関連の業種だと、まともに納税して実績を積んでも銀行や日本政策金融公庫からの融資はいっさい受けることができない。
「メリットもないのに、バカ高い税金を払うのはただの損」という考えは、この業界では一定の支持があるようだ。