東日本大震災直後、日本に経済団体はあっても、国民の生活・生命を守る団体は存在しないと痛感。企業と消費者団体に結束を呼びかけ、発足したのが「生団連」。小川賢太郎会長に、『文藝春秋』編集長・新谷学が聞いた。
小川賢太郎氏
国民生活産業・消費者団体連合会 会長
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
国民の立場から議論して声を挙げる団体が必要
新谷 「経団連なら知ってるけど、生団連って何だろう」と思う読者も多いはずです。正式名称は「国民生活産業・消費者団体連合会」。どんな組織なのか教えてください。
小川 国民の生活と生命を守ることを目的に結成された、任意団体です。食品や生活関連のメーカーなど、消費者に関わりの深い700近い企業や業界団体と、消費者団体、NPOが参加しています。
国民的な課題について専門的な議論を重ね、政府や行政や政党に向けた提言のほか、国民への情報発信を行なっています。加盟企業で働く方は200万人を超え、非常に大きな組織になりつつあります。
新谷 経団連や日商のような財界団体とは違うんですね。
小川 そこが生団連のユニークで素晴らしい点です。本当の国民組織にするためには消費者の代表にも入ってもらいたいと、ファウンダーの清水信次さんが東奔西走された結果です。
新谷 昨年10月に亡くなった、食品スーパーチェーン「ライフ」の創業者でもある清水さんですね。生団連が設立されたのは、2011年12月。どういう経緯でしたか。
小川 その年の東日本大震災がきっかけです。被災地に支援物資がなかなか届かず、衣食住に関わる生活必需品の安定した供給と流通の重要性が、改めて認識されました。
陸軍の兵士として終戦を迎えた清水さんは、被災地の惨状を目の当たりにして、昭和20年の日本を思い浮かべたのでしょう。国が抱える問題について、国民の立場から議論して声を挙げる団体が必要だという思いを抱いて、生団連を旗揚げされたんです。
新谷 小川さんの本職は、牛丼のすき家など21もの外食チェーン他を展開する(株)ゼンショーホールディングスの会長兼社長です。生団連の会長を引き継がれたのは、2017年でした。何の根回しもなく、いきなり指名を受けたと伺いました。
小川 清水さんは、イオンやイトーヨーカ堂が中心になって作った日本チェーンストア協会の会長を兼任されていました。私もお誘いを受けて、副会長を務めていたんです。ある日の正副会長会議で議題が終わったとき、議長の清水さんが「ところで生団連だけど、次を」と見回して「小川さんにやってもらうことにした」。「した」ですよ(笑)。
新谷 普通なら、打診があるものです。
小川 組織にはDNAが大事です。私は、自分の会社ではアントレプレナーですけれども、生団連では2代目ですから、徹底的に継承に努めようと考えています。創設者である清水さんの「国民の生活と生命を守る組織が必要だ」という深い思いが、極めて腑に落ちたからです。
新谷 肝に銘じていこうと。
小川 その通り。日本語って上手くできてるね(笑)。
国家財政の不透明さが経済の成長を妨げる
新谷 日本の産業は重厚長大型でしたから、経団連のような財界団体が発言権をもってきました。私がいいなと思うのは、生団連は第三次産業が中心になっていることです。
小川 日本のGDPの70パーセントを流通・サービス産業が稼いでいますし、就業者の70パーセントがそうした産業に従事しているんです。しかし生団連は個別の業界のためではなく、国民が安心して子どもを育てられ、子どもたちが将来に希望をもてる国にするために活動しています。
新谷 国民一人一人を巻き込む形で、この国をいい方向へ変えていこうとするのは、大事な試みです。まさに『文藝春秋』が編集方針に掲げていることなので、感銘を受けます。では、具体的な活動について教えてください。
小川 現在は「有事における国民的危機への対応」を最重点課題に掲げて、研究や提言を行なっています。
新谷 昨年12月に発表された提言では、コロナ禍で露呈した備えの弱さを指摘して、災害など想定される有事に向けた対策組織の設置や法整備を求めましたね。
小川 はい。それに次ぐ重点課題として、「国家財政の見える化」の実現、「生活者としての外国人」の受け入れ体制の構築、「エネルギー・原発問題」に関する国民的議論の喚起、「生団連災害支援スキーム」の構築、「ジェンダー主流化」の五つを挙げ、それぞれに委員会を設けて、専門的な議論や情報発信を行なっています。
新谷 私が素晴らしいと思ったのは、「国家財政の見える化」委員会の改革案です。その第一は、税金の使い道の詳しい説明を求めること。増税を言うなら、財政を透明化した上で理解を得るのが先だという主張は、全くその通りだと思います。
小川 税金の細かい使い道は、とてもわかりにくいんです。生団連は、財政の不透明さが国民の不安を招き、消費の抑制に繋がって、経済の成長や社会の発展を妨げていると考えます。一般会計の110.3兆円(※1)だけでなく、特別会計まで合算した269.7兆円(※2)(どちらも2022年度)について、全体像を議論すべきです。
新谷 上場企業なら四半期ごとに、連結ベースでの決算開示を義務付けられていますからね。
小川 ところが国の開示は年に一回だけで、しかも遅い。財務書類は翌年度の末になって、ようやく公表されるんです。年4回は企業でも多すぎますから、翌年度12月末までに作成し、年明けの国会に提出する法整備を求める提言をしています。自分が納めた税金の使い道を、タイムリーにきちんと知らせて欲しいと願うのは、当たり前の感覚でしょう。
新谷 改革案の第二は、現行の単年度予算を「三カ年の複数年度予算」に変更すべきだという主張です。
小川 年度末になると、必要なのかどうかわからない道路工事がそこら中で始まるのは、各省庁縦割りの単年度決算の弊害ですよね。予算を使い切らなければ、翌年分を減らされてしまうからです。
新谷 経産省のトップと話したとき、「半導体に、国としてこれだけ投資している」と胸を張るので、「アメリカや中国に比べて、桁違いに少ないじゃないですか」と指摘したら、「単年度決算に限界がある」と言われました。国家百年の計を描き直さなければいけない激動の時代にあって、帳尻合わせのような政策しか打てないのなら、仕組みそのものが間違っています。
小川 中期的な予算を組めば、戦略的で効率的な使い方が可能になります。3年の歳出シーリング(上限設定)を設けることで、財政の膨張を回避して規律を高める効果も望めます。いろいろと研究したところ、スウェーデンがいい前例です。
新谷 もうひとつ注目したのは、外国人の積極的な受け入れに関する提言です。
小川 在留外国人は増えているのに、生活者として受け入れる体制は整っていません。人口減少は国の存亡にかかわる問題で、「人の鎖国」から脱却しなければ、経済が立ち行かなくなります。労働力、消費力、税と社会保障の担い手の減少を解決するために、しっかりした受け入れ体制の構築が必要です。
新谷 政府は在留資格(※3)を拡大して、永住の条件を緩和しようとしています。しかし、外国人が増えたら治安が悪化するといった排他的なマインドは、根強くありますね。
小川 日本語の教育で解決できます。「ゴミをポイ捨てするから、けしからん」などと言われるのは、言葉の壁によってルールが理解できないせいなんです。生団連には、外国から来た人たちに日本語を教えたり、地域での生活を助けるNPOも参加していますから、実情がわかります。
新谷 特に、外国人の子どもの教育制度が大切だと主張されていますね。
小川 教育を放置すると、社会の分断を招きかねません。共生のために不可欠です。
新谷 原発とエネルギーについては、まず現状を正確に知るべきだという提言です。
小川 原発を推進するか反対するか、という二分論ではダメです。カーボンニュートラルを実現しようにも、現存の放射性廃棄物や、福島第一原発から発生し続ける汚染水や除染土をどうするのか。政府に押し付けるのは簡単ですが、国民的な課題ですから、事実を認識した上で広範に議論しなければいけません。
地域生団連で「自ら治める」自治の実現へ
新谷 組織としては、埼玉、大阪、北海道で地域の生団連を立ち上げました。さらに全国へ広げていくのでしょうか。
小川 はい。地域の生団連で、日本における民主主義の基盤を作ろうと考えています。私たちは学生時代、輸入品の民主主義を粉砕しようと試みました。苦労して自前で掴むのが民主主義で、恩恵にだけ浴そうとするのは本物ではありません。
新谷 東大の全共闘では、活躍されたと伺っております。
小川 民主主義が素晴らしいのは、経済的な自由主義と直結することです。一人一人の思いが企業になり、サービスや新しい製品に育ちます。地方では特に人口減少が進み、経済的に厳しい自治体も多いので、将来の展望が見えません。地域生団連は、「自ら治める」自治を実現するためのベースです。
新谷 生団連のさまざまな活動は、実を結んでいますか。
小川 一歩ずつ進んでいますが、政府や政治家の時間感覚は民間に比べて十倍遅いです。
新谷 ゼンショーでは、小川さんが一声発すれば、直ちに実行されるのが当たり前でしょうからね。
小川 どんなに素晴らしいことでも、すぐやるのと十年先にやるのとでは、意味が違ってきます。この国には大きなポテンシャルがあるのですから、もっと豊かになる道筋を作っていく必要があります。
新谷 どうやって稼げばいいのかわからなくなってしまったことが、日本の閉塞感の理由だと思うんです。気が付けば、世界から取り残されてしまった印象があります。
小川 とはいえ、日本人の正直さや誠実さ、勤勉さは、国の最大の財産ですよ。
新谷 日本人の美徳を「無形固定資産」と名付けて、「世界に冠たる」ではなく「世界に範たる」国になるべきだとおっしゃっていますね。
小川 私は21世紀を、形のある資産から無形固定資産へ移る時代と捉えているんです。優れた点は継承し、プライドを持って、世界の模範となるような活気のある国にしていきたいと考えています。
※1 2022年度補正後予算
※2 一般会計の純計51.2兆円と特別会計の純計218.5兆円を合算した額
※3 「特定技能2号」の対象分野
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