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ノムさんが「目から鱗」だと言った打撃理論とは…

 江本が今でも覚えているのが、プロ野球OBが集うある会合での出来事である。そこには中西も出席していたのだが、会合が開始される5分前に野村がやってきた。

「太さん、打撃のことでちょっと聞きたいことがあるんですが……」

 野村がそう言うと、中西のそばから離れず付きっきりだった。このとき江本は「野球談議に花が咲いているんだな」程度にしか思わなかった。

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1978年の野村と沙知代

 翌年、またプロ野球OBが集う会合が開催された。江本は中西の姿を見つけるとあいさつし、中西の隣に座ろうとすると、

「エモ、申し訳ないが、今日は先約がおるんや」

 そう言われたので、違う席に移動してからしばらくすると、野村が現れた。直後、中西が、

「おーい、ノム。ここやここ。空けておいたで」

 そう言って野村は笑顔で中西の隣に座った。見ると野村はメモ帳とペンを持っている。会合が行われる際、重要な話の場面になると、プリントアウトされた資料が配布されるので、なぜだろうと江本は不思議に思っていた。

 それから数年後、ニッポン放送の野球中継で野村と一緒に解説をすることになる機会があった。打ち合わせが終わってから何気ない会話をしていた折に江本は、「そういえばあのときの会合で中西さんの隣に座ってメモ帳とペンを持っていましたよね」と話を振ると、野村はこう答えた。

「前の年に打撃の議論をしていたら、時間が来て途中で話が終わっちゃったんだ。そこで中西さんから『ノム、この話は来年また続きな』と言ってくれたんだけど、2つ、3つ話して終わる話じゃなかったもんだから、メモに書いておこうと思っていたんだよ。そうしたら中西さんが手招きしてくれて、『ここ座れや』って言ってくれて。

中西太氏 ©文藝春秋

『どうせまたオレの話が聞きたいとか言うて、ここに来るんだろう? だからあらかじめ席を空けておいたんやで』って言ってくれたんや。あのときの太さんには本当に感謝しているよ」

 そのとき中西がどんなことを話してくれたのか、一例を挙げてくれた。

「相手投手と対峙したとき、オレは内角高めのストレートに照準を置く。振り遅れないようにするためだ。けれども中西さんは違う。内角高めのストレートをイメージしてしまうと、外角に変化球が来たときに泳がされてしまうっていうんや。だから外角の変化球をイメージしておき、内角高めのストレートが来たら腰を素早く回転させて打つという。それで打っていたんだって、オレは目から鱗だったよ」