『根っからの打撃職人』綿密な打撃研究に裏付けされた指導
江本自身もこんな経験をした。あるとき小林繁と並んで打撃練習を行っていたときのこと。江本が打っていると、一塁側のベンチから中西が近づいてくるのが見えた。当時は投手が打撃練習を行っていても、コーチが手取り足取り指導するなんてことはなかった。
「今でこそ『投手は9人目の打者』なんて言い方をしますけど、僕たちの時代は9人目の打者ではなく、『9番目に立っているだけの打者』だったんです。首脳陣にしてみれば投手の打撃なんて期待していませんから、僕らは打撃練習のときになると何の制約もなしに自由にカンカン打っていたんです」
ところが、江本の打撃を4、5球ほど見た直後、中西は「ちょっと来い」と江本を手招きして呼び寄せてからこう言った。
「軸足のひざの使い方が間違っとるぞ。こうして打ってみたらどうだ?」
試しに江本は中西にアドバイスされた通りにその場でバットを数回振ってみると、アドバイスされる前よりもスムーズにバットが出ているように感じた。そこで打撃ケージに入って再び打撃練習を行うといきなり、「カーン」とバットの芯に当たった打球が左中間に伸びていった。
それを見た中西が、
「エモ、ええやないか。その感覚を覚えておかなアカンで」
と満面の笑みを浮かべていた。
話はこれにとどまらない。江本の隣で打撃練習をしていた小林も中西が呼んでアドバイスを送り、再び打撃練習を始めると、右中間方向に大きな打球が飛んでいった。それまでは三遊間にいい打球が飛んでも、大きな当たりを飛ばすことができなかった。
このとき江本は中西に、「僕と小林ではチェックポイントがどう違うんですか?」と聞いた。すると中西からはこんな答えが返ってきた。
「エモはひざの使い方。小林は股関節の使い方をほんのちょっと修正すれば違ってくると思っていた。それにお前さんは身長188センチ、小林は身長178センチ。体格に差があるだけでも指導するポイントはそれぞれ違ってくるんだよ」
と言って、さらに細かく説明してくれた。
「話を聞いていて思ったのは、『この人は打撃のことをよく研究しているな』ということでした。しかも全員が全員、指導するポイントが異なるということもよく知っていた。だからこそ中西さんから教わる選手は、『この人なら任せられる』と信頼して耳を傾けていたんだと思います」