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映画監督・押井守「パワハラ・セクハラに悩む日本人が激増した理由」

『押井守の人生のツボ2.0』 #2

note

「上司というのは二種類しかない」

押井:ちゃんと信頼関係を築いていたら、その違いは判る。その場合は、そもそも信頼関係が築かれてなかっただけです。

 上司というのは二種類しかない。自分の師や先達として接するに値する人間か、時間と空間をともにするのに値しない人間か、ふたつにひとつですよ。もしその上司が師と仰げないヤツだったら、それなりに付き合えばいい。その上でセクハラ、パワハラという話になったなら、辞めるなり、告発するなりすればいい。

 パワハラやセクハラというのは、概念があるだけであって、具体的な基準があるわけじゃない。だから、この人から罵倒されても許すけど、コイツだったら許さないということになる。

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――そうですね。女性の場合も「髪を切ったんだ」と言った相手が好きな上司なら「嬉しい」になりそうだけど、ヤなヤツなら「気持ち悪い」でしょうからね。

「パワハラだのセクハラだの線引きは最初からない」©文藝春秋

押井:そういうもの。パワハラだのセクハラだの線引きは最初からないんです。もし線を引きたいのなら、自分が築いてきた信頼関係にそって判断するしかない。

――学校でも同じですよね。先生が生徒に対して、どう怒ればいいか判らないという話をよく聞きます。私の中高時代は、先生から罵倒されたり、ビンタ張られるのはありがちでしたけどね。

押井:わたしも小学生のころは教師に散々殴られた。ビンタだったらまだマシ、グーは当たり前、わたしの場合はストーブの薪ですからね。さすがにクラッときたけど、それでもその先生は大好きだった。わたしにも、殴られる理由があったから。

――それをいま、やっていたらニュースになりますよ。