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 この部屋に美穂が関西から引っ越してきたのは、2020年春のこと。個人でマッサージ業を営み、インターネットで物品販売も行なう経営者だった。施術用の折りたたみベッドや関連器具がロフトへつながる階段の下にまとまって収まっている。一見、何の変哲もない部屋に1人で暮らす彼女が、詐欺犯に4600万円の被害に遭ったことが不思議に感じられるほど、第一印象は至って普通だった。しかも大金を奪われたわりには妙に落ち着いているのだ。 

「だって会うまでは分からないじゃないですか」

 美穂はまず、相手と知り合った経緯を語り始めた。 

「東京にはあまり知り合いがいなくて、子育ても終わったので、誰かパートナーでも探してみようかなと、何の気なしでアプリに登録しました。そしたらいきなり『いいね!』がきたので、こっちも『いいね!』を返したのが始まりです」 

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 相手は42歳のフランス人男性で、「ポール」と名乗った。 

 そのプロフィール写真は、鼻がすらりと高く、薄い髭が似合う整った顔立ち。爽やかな短髪にキリリとした表情を浮かべ、椅子に座ってノートパソコンの画面を見つめている。それが1枚目の写真だ。もう1枚、タンクトップにジーンズを穿き、ボウリング場でボールを抱えて立っている写真もある。経歴は、東京在住の「経営者・役員」で、身長は177cm。こんな好条件の男性から言い寄られたら、心が動いてしまうのではないかと思ったが、美穂はあっさりこう言った。 

「ポールのことは好きにはなってないんです。ちょっとは心が揺れましたが、それほどではありません。だって会うまでは分からないじゃないですか」 

 会うまでは分からない─。これまでの被害者に比べ、美穂は最初、冷静だったようだ。にもかかわらず、4600万円も失ってしまったのはなぜか。そう考えると尚更、不思議だった。何が彼女をそこまで動かしたのか。相手の手口が余程巧妙だったのか。 

“模擬取引”で信頼させる 

 美穂がポールと知り合ったのは、東京へ引っ越してから約1年後のことだった。 

 30代前半で離婚をした美穂は、地元関西でマッサージ業などを営みながら、シングルマザーとして子供2人を育て上げていた。2人とも大学生になり、子育ても落ち着いていたので、アプリに登録してみた。 

「私は顔写真をプロフィールに載せていなかったんです。それでも『いいね!』がきて。あなたと出会ってしまったので一緒に退会しようと誘われ、LINEでやり取りをするようになりました」