杉本 小学校1年生の終わりに研修会に入門してきたので、そのときから見ています。そのときはちっちゃい子だなと。でも将棋を見たときに、すごくセンスがあるという印象がありました。
詰将棋を解くのが抜群に早くって、あと作るのが得意で、自作の詰将棋ノートをもっていました。指す才能と、詰将棋を解く才能、詰将棋を作る才能の3つあるなと思っていて、多分、指し将棋がいちばん苦手だなと。あんなに強いんだけど、それを上回る詰将棋を解く才能と作る才能があると当時は思いました。
こんな手が将棋にあるんだ…衝撃を受けた感想戦
――小学1年生のときに感じたことは、正しかったんですね。
杉本 そうですね。間違いなく強くなると思いました。中澤さんと指していた将棋の感想戦が衝撃的で。あれは藤井勝ち? 特別な対局だっけ?
中澤 昇級の一番ですね。
杉本 藤井くんが3年生の夏だったかな。
中澤 私が中2か中3ですね。
杉本 午前中の対局が終わって、お昼ご飯を食べに外に行こうとしていたら、感想戦をしていたので、腰を下ろして加わったんです。角換わりの将棋で、飛車と金の両取りをくらっている場面を検討している。
聡太少年が両取りを喰らって、困っていると思ったら、そこで示した手が端っこに角を打つ手で。それで受かるんですが、その次の7二銀という手が、びっくりするくらい鋭い手。羽生の5二銀という歴史に残る手があるんですが、あれにひねりを加えたくらいの難易度がある。羽生の5二銀のような手を作るために一工作するような感じなんです。こんな手が将棋にあるんだと衝撃を受けました。
――中澤さんはそのときのことを覚えておられますか?
中澤 覚えています。本譜は、藤井少年が飛車金両取りを避けて進んだんですが、「ここで仕掛ける手もあったかな」と示された手順です。私は、飛車金両取りは、どっちか必ず取られてしまうので、「ここまでいったらマズイんじゃない」って言ったんですね。
あのときは私も自信があったんですが、そこで師匠がおっしゃられた手順を(藤井少年に)示されて。当時の私の棋力がその手に見合ってなくて、そのすごさにすぐに気づけなかったのが、悔しかったのですが。
杉本 そのときもあまり話さず、駒を動かしていただけのような感じでしたね。
なお、ここで紹介された藤井少年の7二銀という手については、『将棋世界』編集部が運営する「将棋情報局」の「小学3年生の藤井聡太少年が見せた驚異の読み筋」(2017年8月8日)という記事に詳しい。
ぜひこちらもご覧ください。
お茶やお菓子など、差し入れをたくさん送ってくれるように
――この連載が始まったのが2年前で、3年目に入ったところなんですが、そのときと今では藤井聡太竜王・名人には、どんな変化がありますか。