2021年7月に小中学生の学習負担の削減を目的とした「学習塾禁止令」を出したのが、中国政府だ。日本円で数兆円規模の教育産業と1000万人とも2000万人ともいわれる塾産業関係者の雇用をなくす、大胆な改革をなぜ実行したのか?

 北京で27年暮らすライターの斎藤淳子さんの新刊『シン・中国人 ――激変する社会と悩める若者たち』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

中国からなぜ学習塾が消えたのか? 写真はイメージ ©getty

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少子化対策としての塾禁止令

 2021年に入り、中国政府は本格的に少子化対策に乗り出した。2021年7月には「出産政策の最適化による人口の均衡ある長期的発展の促進に関する決定」を公表し具体的な子育て支援策を打ち出した。主には子育て世代に対する休暇制度の大幅拡充と、出産・育児・教育コストの軽減実施を挙げている。

 そして、もう一つ、この政策の発表直後の2021年7月に中国政府は小中学生の学習負担の削減を目的とした学習塾禁止令、「義務教育の生徒・児童の宿題負担と校外教育負担を一層軽減することに関する意見」を出した。小中学生の学習負担削減や塾負担と少子化がどう関係しているのかは、日本の読者にはちょっと分かりにくいかもしれない。

 まず、挙げられるのは、大学受験に向け小学校から始まる受験競争の熾烈さだ。その上、中国の公立校では、子どもの毎日の勉強と宿題に責任を持つのは親の役目とされていることも関係している。親が自分の子どもの教育に元々熱心なのと、先生も生徒に指導するより親に直接宿題を出した方が、管理の手間が省けると考え、そうするのが中国の公立校の現場では主流になってきた。

 驚くことに、中国では中学生になった後でさえその日の宿題リストと前日の宿題完成状況やテストの結果が親のスマホに毎日送られてくる。万が一、子どもの宿題のできが悪かったり、テストの成績が悪かったりした場合、先生は即座に親を呼び出すのが中国では普通になっていた。

 そのため、親にはただでさえ反抗期で扱いにくい子どもに付きっきりで宿題を監督する任務がのしかかる。学校で出される大量の宿題をめぐって、親子ともどもヒステリックに揉める、という悲惨な「宿題事件」が中国全土で発生し、社会問題として注目を浴びるようになってきた。

 筆者の近隣からも、夜になるとヒステリックに小学校低学年の子どもに勉強のことで激怒している母親の声が聞こえてくる。つまり、親にとって、小中学校の宿題が多すぎて、その指導に手間がかかりすぎることが、大きな子育て負担の一つと認識されるようになっていたのだ。そして、共働きが多い中国では、その分を塾講師に託す家も多く、塾産業は学歴社会の圧力下で急速に発展していた。こうした背景の下で政府が立ち上がったのが、この宿題負担の軽減と校外教育の削減という二つのタスクだ。