なぜ仲の良かった両親との関係が壊れたのか
――本書を読むと、小川さんが小さい頃はお母さん大好きっ子だったのに、そしてご両親を愛されていてご両親の言うことに不信感を抱くことなんかなかったのに、ご両親とのコミュニケーションがあまりうまくいっておらず、表層の部分でしか繋がれていなかったように感じました。
小川 私は周囲と経済的な面で対等ではないし、お金がないことで先生にも気を遣わせているしというのが恥ずかしく、常に自分に自信がないと感じていました。だから、両親に「あなたは祝福2世、神の子」とどれだけ言われても、自分を堂々と誇れるような気持ちになったことはありませんでした。
でも、そんな感情を抱くこと自体が悪いことなんですよね、教会的には。子どもが普通に思う「本当はこういうもの買ってほしいのにな」というわがままも、そんな思いが湧いてはいけないので親に言えない。親と話すときはちょっといい子を演じていたんだと思います。
――ご両親に気を遣っていた部分もある。
小川 実際、両親はお金に関して結構頭を抱えていました。自分の中でトラウマのようになっている出来事があるんですが、小学生の時に一度、教会長だった父親に家族が集められ「うちには借金がある」と言われたことがあるんです。だからあまりお金を使うな、と。母親も「それお金がかかるんだよ」「うちお金ないんだよ」ということを口癖のように言っていて、だから私も何かほしいなんて言ったら母親が悲しむんだろうなと思うようになっていきました。
――経済的な面以外で一番辛かったことはなんでしたか?
小川 やはり統一教会というフィルターを通してしか自分を見てくれてないと感じたことですね。何か相談しても、「あなたたちは神の子だから、そうやってサタンに狙われているのよ」と。教会のストーリーを通してしか、子どもを、私たちを見てくれていないのが本当に辛かった。それもあって両親にあまり自分の気持ちを話せなくなりました。
――毎回「あの人たちはサタンだから」で済まされちゃうってことですよね。
小川 そうです。あと特に思春期で辛かったのは、親が近所を勧誘して回ったこと。私たちにとって、家に祈祷室があって文鮮明の写真が飾ってあり、朝5時から祈祷をするのは疑問を抱くことすらない当たり前のことでした。でも、よその家にはそんなものはないというのもわかっていて、違和感は感じていたんです。同時に、何か恥ずかしさも感じていた。
そんな中、近所中を勧誘して回られて、しかも母親は「今日誰々ちゃんがいたよ~」なんて言ってくる。それがもうすごく恥ずかしかったです。でも、教会では勧誘はいいことだとされてますし、文句言うのは間違っていると思っていたので、もちろん言えませんでした。それが辛かったですね。
――高校を卒業して韓国・清平での修練会に参加したことで小川さんは精神のバランスを崩してしまいますが、帰国した小川さんに対しお母様は決定的な一言を発しました。