国際社会でもカスハラは問題に
韓国のような一連の動きは、国際社会でも見られた。国連の専門機関である国際労働機関(ILO)によって、ハラスメント行為を禁じる初めての国際労働機関条約「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」が2019年に採択され、2021年に発効された。
従業員やフリーランス、求職活動者に対する「身体的、心理的、性的又は経済的損害を目的とし、又はこれらの損害をもたらし、若しくはもたらすおそれのある一定の容認することができない行動及び慣行又はこれらの脅威」を法的に禁じる条約だ。
一方で、韓国でもコロナ禍でカスハラ被害が増加したように、そのほかの国々でも以前よりも悪質クレーマーの問題行動は深刻化している。海外の消費者行動に関する学会誌には、先述したAさんと同様の状況が知れる論文が散見された。
たとえば、アメリカでは次のような事例が起きている。飲食店内での出来事だ。食事が運ばれてくるまでマスクを着用するよう店員がお願いすると、女性客は「コロナはでっちあげだ!」と怒鳴ってマスク着用を拒否した。また、ある別の男性客は「権利の侵害だ!」と叫び、マスクを着用するよう促した他の客にも怒鳴りつけた、など。この論文では、新型コロナウイルスのパンデミックが、顧客の不正行為を悪化させ、最前線にいる従業員のストレスを増加させたことが指摘されている[Northington et al. 2021]。
Aさんのケースとよく似た出来事がアメリカでも起きていたことがわかるが、一方で日本との違いもある。悪質なクレームに対する企業や店の態度が欧米では明確だという点だ。店側と客との間にトラブルが発生したときには、店側は警察官を呼ぶ。不当だと思う客は訴訟を起こす。製品やサービスに満足できなかった場合も、企業側が問題点を解決しなければその企業から離れて別の企業に移り、解決すればその店をさらに好きになるという傾向もある。
アメリカの消費者社会がさっぱりした関係性で成り立っているのは、文化的背景の違いがあるからだ。多様な文化や社会システムを持つ移民国家のアメリカでは、日本のような「忖度」や「暗黙のルール」は通じにくい。「良い/悪い」「好き/嫌い」「快/不快」と、はっきり伝えなければ生活できない社会だからこそ、店も顧客も対等な立場で振る舞うのだ。