世界に後れをとる日本
ハラスメント行為を禁じる国際労働機関条約が発効された2021年、日本ではどのような動きが見られたのだろうか? 結論から言えば、日本政府は条約の採択に賛成しつつも、批准には後ろ向きだった。
法をつくると、企業側にとっては損害賠償などの訴訟が増える可能性もある。そうなれば、顧客第一主義を謳う企業には受け入れられにくい……。そんな忖度の結果、ハラスメント規制法(改正労働施策総合推進法、正式名称・労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)が施行されても、禁止規定がなく抑止力が欠けた状態のままだ。現行法では被害範囲が狭いためにグレーな部分が広く、被害を防止できていない。
日本における悪質なクレームは、コロナ禍以前から従業員の心身に悪影響を与えてきた。欧米とは対照的に忖度し合う文化的背景と企業風土の特質は、カスハラを生み出す悪しき要因となっている。消費者による他社とのいきすぎたサービス比較やネットでの風評被害など、そうした消費者の過剰さに企業側も過敏に反応してきたことが、悪質なクレーム行動を悪化させている。
皮肉にも、企業が自らカスハラに加担するようなシステムが、日本には形成されていたのだ。そしてコロナ禍が、この悪しき土壌をますます活性化させてきた。
こうした消費者行動は、国の文化や社会システムの違いのほかにも、購買行動の意識の違い、移民の割合といった要因が関わると考えられている。先ほども挙げたように、移民国家であるアメリカでは、コミュニケーションの仕方が日本とは異なるという文化的背景の違いがある。それに加えてクレームに関しても、個人的な思想や価値観より、客観的判断に基づいて対応される[北村ほか 2020]。
そのため、クレームに関する研究や対策も、こうした文化的・社会的背景に基づいている。
海外の研究では、消費者苦情行動(Consumer complaint behavior 〈CCB〉)に関するモデルの提案や、企業側の適切な対応に関するものなど、経営やマーケティングに関連した心理学的研究が主流となっている。
当然ながら、国の成り立ちも文化も大きく異なる日本では、こうした海外の知見をそのまま当てはめることはできない。曖昧なコミュニケーションを重んじる文化のもと、曖昧でグレーなクレームに曖昧に対応する。そんな日本で悪質クレーマー対策を講じるには、日本国内でのカスハラ研究を積み重ねていく必要があるのだ。(続きを読む)
【出典】
・桐生正幸 2020「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査 分析結果:迷惑行為被害によるストレス対処及び悪質クレーム行為の明確化について」
・田中泰恵、西川千登世、澤口右京、渋谷昌三 2014「クレーム行動経験と個人特性の関係」『目白大学 総合科学研究』10, 55-61
・Northington, William Magnus, Gillison, S. T., Beatty, S. E. & Vivek, S. (2021) I Don’t Want to be a Rule Enforcer During the COVID-19 Pandemic: Frontline Employees’ Plight,”Journal of Retalling and Consumer Services, 63(august), 102723.
・北村英哉 桐生正幸 山田一成 編著、安藤清志 大島尚 監修 2020『心理学から見た社会 実証研究の可能性と課題』誠信書房