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ナッツリターン事件

 ここで、海外へと目を向けてみよう。他国におけるカスハラはどのような状況だろうか?

 海外でのクレーマーによる事件と聞いて、2014年に起きた「大韓航空ナッツリターン事件」と呼ばれる出来事を思い出す人も多いだろう。メディア報道により世界的に有名になった悪質クレーマー事件の一つだ。

 これは、大韓航空機に搭乗していた当時の同社副社長のクレームにより、滑走路を進んでいた同機が搭乗ゲートへ引き返し、機内サービス責任者が降ろされたという騒動だ。その原因は、なんとCAがナッツを袋のまま手渡ししてきたこと。この対応に腹を立てた副社長は、他の乗客の前で喚き散らした。この過剰な反応と越権行為は批判され、副社長は逮捕された。

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逮捕された「ナッツリターン姫」ことチョ・ヒョナ氏 ©getty

 韓国は、日本と同じ年上を敬う儒教的な価値観に加えて、徴兵制によってもタテ社会が強化されている側面があり、経済格差も顕著だ。そうした社会で、接客に対応する従業員たちは客の攻撃的な言動に耐え忍び、自分の気持ちを押し殺して働かねばならない感情労働(業務中に感情のコントロールや表現が求められること)が強いられてきたという。

 ナッツリターン事件に関しては、カスハラ加害者が同社の経営層でもあった点は特異だが、数年前に韓国との共同セミナーで私が日本のカスハラの調査結果を報告した際には、韓国の研究者が一様に「韓国もそうだ」と言って幾度も頷いていた。日本と同じく、韓国でもカスハラは多発していることがよくわかる。

 こうした感情労働とカスハラが韓国で社会問題となった結果、2016年にソウル市条例の制定により感情労働従事者の権利が定められた。さらに、国も立法化に動き出し、2018年には産業安全保健法の改正が決定された。国全体で見れば、まだまだ企業側の管理・監督の不十分さへの批判もある。コロナ禍による影響は韓国も同様で、その被害は増加しているという。

 しかし、いち早く条例を定めたソウル市では、企業の個別マニュアルや実施方法をサポートし、被害を受けた従業員には一対一の心理相談や集団治癒プログラムをおこなうなどし、一定の成果をあげている。並行して実態調査やソウル市全体へのカスハラの啓蒙活動も広くおこなったことが功を奏したようだ。