世界的に増加している「カスハラ」(カスタマーハラスメント。顧客による理不尽なクレームや言動を指す)の実態をお届け。海外に比べて、カスハラ対策に遅れをとる日本の状況とは……?

 犯罪心理学者として長年カスハラにかかわってきた桐生正幸氏の新刊『カスハラの犯罪心理学』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

なぜ従業員を傷つける「カスハラ」が日本では放置されるのか? 写真はイメージ ©getty

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「熱中症になったらどうするんだ!?」

 Aさん(40代)は、地方で展開する中型スーパーマーケットでパートとして勤務している。5年目ともあって周囲の同僚からも頼られ、この日も店内の商品チェックや接客を任されていた。

 当時、Aさんの店舗は本社からの指示で新型コロナウイルス感染症対策を求められるようになっていた。従業員全員の手洗いやアルコール消毒の順守、マスクの着用。そして、来店するお客にも、入店時のアルコール消毒・マスクの着用をお願いすることになっていた。

 その日は猛暑日で、店内の客足も普段より少なかった。正午前、60代と思われる常連の男性が来店してきたが、マスクをしていない。店長からの目配せのサインを受け、Aさんはその男性に声をかけた。

「お客様、いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。それで、大変申し訳ないのですが、マスクをつけていただけますでしょうか」

 すると、その男性は不快そうに「なんで?」と彼女を睨んだ。

「いま、新型コロナウイルス感染症の予防のため、皆さんにはマスクの着用をお願いしているのですが」とAさんが答えると、男性は突然声を荒らげ、「俺がコロナだって言うのか、この店は客をコロナ扱いするのか!?」と暴れ出した。

 驚いた店長が「すみません、どうしましたか」と駆け寄ると、男性は「こんな暑い日に『マスクをしろ』と強要するつもりか! 厚生労働省は『暑いときはマスクを外せ』とちゃんと言ってるぞ!」などと大声で喚きだす。このままでは、他のお客にも迷惑がかかってしまう。

「わかりました、わかりました! では、ちょっと外の方に来ていただけますか」

 店長がそう言って2人で男性を店外に連れ出すと、男性はますます怒り狂い、唾を飛ばしてまくしたてる。

「お前たち! こんなところで熱中症になったらどうするんだ!? 責任を取るのか? 責任を取ると一筆書け!」

「マスクしてもいいが、その間はうちわであおぎつづけろ!」