どこか満たされない鬱屈を抱える男女を描いた小説『もっと悪い妻』を上梓した桐野夏生さん。そして、カナダでの乳がんの闘病生活をノンフィクション『くもをさがす』に綴った西加奈子さん。日本社会で「夫婦」でいることの面白さや、カナダで感じた母や女であることからの解放感など、令和の夫婦像について語った対談を、『週刊文春WOMAN2023夏号』から一部抜粋の上、紹介します。
◆◆◆
遺伝性の乳がんのため、卵巣と子宮を予防切除
桐野 早速ですが、『くもをさがす』、本当によくぞ書いてくださいました。最近、同年代の友人が西さんとまったく同じ遺伝性の乳がんだったことがわかりました。
西 「BRCA2」という変異遺伝子だったんですね。
桐野 そうです。その方の娘さんも検査したら、BRCA2遺伝子を受け継いでいたそうです。BRCA1、BRCA2の遺伝子を保有していると生涯のうちに乳がんになる確率が70%もあるそうですね。
西 それで私は今月、卵巣と子宮を予防切除する予定です。BRCA1の変異遺伝子を持っているアンジェリーナ・ジョリーは、両乳房と卵巣、卵管を予防切除したことが話題になりました。
桐野 変異遺伝子でがんになることは、そんなに知られていないですね。アンジェリーナ・ジョリーがあらかじめ乳房を切除したことを大げさと思う人もいるかもしれないけど、実際に、その知人の生母も30代で乳がんで亡くなられたそうです。こんなにはっきりと乳がんのリスクがわかるのかと、身につまされました。
それにしても、4年前にご家族でカナダに移住した直後にコロナ禍になり、乳がんがわかって、と壮絶な経験をされましたね。どのようなお気持ちで作品を書いたのでしょうか。
8月17日 今日から日記をつけようと思う。
日記は久しぶりだから、何を書いていいのか分からない。今日、乳がんと宣告された。自分がこんなことを書かなければいけないなんて、思いもしなかった。
(西加奈子『くもをさがす』より)
西 自分の気持ちを整理したくて、日記を書きためていました。あと、桐野さんもわかっていただけると思うんですけど、作家として「これは書かねば」という感覚もあって。
ただ、発表してから「勇気あるね」とか、両方の乳房と乳首の切除について、「よくぞ決断した」という声をたくさんいただいて、逆にびっくりしました。知人から「ご主人は何て言ってるの?」と言われたときは、別の意味でびっくりしましたが……。
桐野 自分の身体のことなのに夫の意見を聞かないといけないと思うのは、どうしてなんでしょう。