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私の身体は私のもの

西 夫が睾丸を取ることがあったら、「妻は睾丸切除についてなんて言っていましたか?」って聞いてくれるのかな、と思いました。

 私は授乳もしていましたけど、それだってある一定期間子どもに栄養を与えているだけであって、私の身体は私のものであることは変わらないはず。なのに、「母」たるもの、「妻」たるもの、身体を誰かに明け渡すべき、みたいな雰囲気がまだあんねんなって。「♪お父ちゃんのもんとちがうのんやで~」って、月亭可朝の「嘆きのボイン」かよ! って(笑)(作詞・作曲:月亭可朝)。

――桐野さんの新刊の表題作でもある「もっと悪い妻」は、30代後半の子持ち女性・麻耶が、夫公認の不倫を楽しみ、充実した生活を送っている様子が描かれています。 一方、本誌パイロット版で書き下ろしていただいた「悪い妻」では、育児に非協力的なバンドマンの夫や、自分を悪妻扱いする夫のバンド仲間に怒りを募らせ、子どもにつらく当たる不幸な妻・千夏(ちか)の姿が対照的に描かれています。

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西 「悪い妻」の千夏は夫から愛されてもないし、彼女もバンドをやっていたのに家事育児に追われて音楽活動もできず、不満から子どもを虐待しかけている。かたや、オープンマリッジの関係を築きながら家庭円満な麻耶は非常に満たされている。だけど、一般的に嫌われるのは幸せそうな麻耶ですよね。

才能を邪魔する妻を「悪妻」に仕立て上げる男たち

桐野 「悪い妻」を書いた時は、作家・開高健の妻で詩人の牧羊子さんが、“悪妻”とされていることが気になっていました。彼女は開高健より7歳年上で、子どもができたことで無理やり結婚を迫った悪妻だ、と周囲の評論家の男たちが言い募りました。家事をやらない、自己主張が強いと言って、才能ある男を苦しめている、悪妻だと非難したんです。嫉妬に近い感情だと思います。

西 「僕たちの健を! あの女が取った!」って(笑)。

桐野 そうそう。男たちは、俺たちが見つけた開高健という才能を邪魔する存在として、牧羊子を「悪妻」に仕立て上げたんだと思います。一人娘さんがとても気の毒です。夏目漱石の弟子たちも、漱石の妻・鏡子を「悪妻」と書き残しています。

西 作家のマギー・オファーレルが『ハムネット』という作品で、悪妻だと言われていたシェイクスピアの妻を新たな視点で魅力的に描いてました。もしかすると、世界中に「悪妻」って言いたい人たちがいるのかもしれませんね。