ドブ川に浮いているものまで見せる作品
西 6つの短編の共通項を無理にあげるのは憚られますけど、登場人物それぞれが「こんなはずじゃなかった」「あんな風にできたかも」と鬱屈しながら生きる中で、麻耶だけが「満足! 私、最高!」と思って生きている。ものすごく光ります。
ダンティール・W・モニーズというアメリカの作家の短編「骨の暦」で、主人公が娘に向けて言うセリフがあって。「自分らしく生きることを学ぶか、別の誰かとして死ぬか。単純なことだよ」と。もう本当にその通りですよね。麻耶は、自分の人生を生きているだけ。ただ、「幸せそう」だという理由で女性が刺される国では、麻耶は断罪されるんでしょうね。
桐野 フェミサイドですね。西さんにそういう風に作品を読み解いてもらえて嬉しいです。(西さんの手にある何枚もの紙を指して)こんなにたくさん、細かくメモまでとってくださって。
西 桐野さんの作品を読む時は、体調万全じゃないと読めないんです。
桐野 そうなんですか(笑)。
西 ほんまにくらうので(笑)。たとえば作品が地図だとすると、桐野さんは全ての路地のことを書き込むし、なんならドブ川に何が浮いてるかまで見せてくれはるんです。
日本に帰ってきて、広告がしんどい
桐野 ドブ川(笑)。光栄です。そろそろ西さんのこともお聞きしていいですか。この後はもう日本にお住まいになるんでしょうか。
西 はい。これから長く住むと思います。ただ、日本に帰ってきてしんどいなと感じるのが広告で、ネット検索しているとアルゴリズムで「50代、今もかわいい」みたいなポップアップが頻繁に出てくる。女性がいつまでも“かわいい女性”としていないといけない圧が強くて。
桐野 さっきの乳首の話にも通じますね。日本は「性同一性障害特例法」という法律があって、性同一性障害の方が戸籍上で性別変更するためには、卵巣や精巣といった生殖機能を取らないといけないのです。
西 「自分は女/男である」という自認だけではダメってことですね。
桐野 そうなんです。心と体の性を無理やり一致させる必要はないと思うんだけど、すごく頭が固い。紅白歌合戦の昔から、単純な男女二分法です。身体の問題って心の問題なのにどうして理解されないのか……西さんの本を読んで、改めて感じました。
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西さんが乳がんサバイバーの看護師からかけられた印象的な言葉や、桐野さんが気になる「嫁」という呼び方、キャンサーフリーとなった後の西さんの思いなど、対談の全文は『週刊文春WOMAN2023夏号』でご覧いただけます。
text:Natsumi Koizumi
photographs:Asami Enomoto
きりのなつお/1951年石川県生まれ。99年『柔らかな頬』で直木賞受賞。
2004年、日本推理作家協会賞受賞作の『OUT』が日本人作家では初のエドガー賞候補となり、大きな話題に。
11年『ナニカアル』で読売文学賞受賞。15年、紫綬褒章を受ける。日本ペンクラブ会長。
にしかなこ/1977年イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。
07年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。
15年『サラバ!』で直木賞を受賞。ほか著書に『夜が明ける』など。
【週刊文春WOMAN 目次】特集いつまで働き続けますか?/ピケティ格差論/ジェーン・スー×斎藤幸平/岡村靖幸×吉川晃司 31年ぶりの共演/小山田圭吾/香取慎吾 中居正広との再会秘話
2023夏号
2023年6月20日 発売
定価660円(税込)