次々とタイトルを奪取し、将棋界を席巻する天才・藤井聡太。その師匠である杉本昌隆八段が、瞬く間に頂点に立った弟子との交流と、将棋界のちょっとユーモラスな出来事を綴ったエッセイ集『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)。
その中の一篇「藤井竜王『三つの武器』(2021年12月2日号)を転載する。
(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)
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タイトル保持者と比べてしまうと「八段」の段位は平社員
藤井聡太新竜王の誕生から数日経つ。テレビ、新聞、ラジオでは連日この話題が取り上げられた。きっと今は色々な雑誌にも掲載されていることだろう。
「竜王と名人と三冠と八段(私)では、誰が一番格上なのですか?」
タイトルの解説をしているときに時折聞かれる。
棋戦の序列は竜王、名人の順(タイトルとしては同格)。席次では次に三冠(複数タイトル保持者)となる。タイトルの数では上回っていても、竜王、名人の重さはそれを凌駕する。この2つのタイトルが別格とされる所以である。
なお竜王対名人の対局では、保持しているタイトルの総数で上座が決まる。これが同数の場合、棋士番号が若い(棋士になった日が早い)ほうが上座となる。
藤井竜王はタイトルを四つ保持し、渡辺明名人の三冠より1つ多い。なので藤井竜王が序列1位で事実上のトップになるのだ。
ちなみに私の「八段」も段位は高いが、タイトル保持者と比べてしまうとまあ……平社員ですな。
常識に挑戦するのが藤井将棋
さて、これだけの偉業である。今回は、改めて藤井将棋の強さを述べてみたい。
1 相手に威圧感を与える長考
一般的に相手の長考はありがたいものである。
「しめしめ、相手は次の正解が分からず迷っているに違いない」
残り時間が切迫すれば間違いも起きる。しかしこれは一般的な棋士の場合。藤井竜王は秒読みに追い込まれるのを全く苦にしない。なので、相手からするとこれがプレッシャーになるのだ。