【第8ブロック:第76~90局】(利き手側:佐藤)
昼食休憩中、今回の企画立案から現場のディレクターを務めた、ドワンゴの月田さんに話を聞いた。月田さんは棋士VS将棋ソフトの「電王戦」、ドワンゴが主催していた叡王戦の頃から将棋放送を担当している。
「超会議は、いろいろなイベントを見て回れるのが特徴です。しかし、これまでの将棋イベントはひとつの企画に1、2時間はかかってしまい、ふらっと途中から見る人は少なくてもったいないと感じていました。そこで、短くパッと見られるようなコンテンツを作れないかと考えているうちに、将棋界で特別な意味を持つ『百番指し』をあえて2日間でやったらどうかと思いつきました。
そこからは逆算で企画を固めていきました。2日間のスケジュールで100番を達成するため、持ち時間を計算したら2分がよさそうとなりました。3分と迷いましたけどね。また、超早指しは流行のショート動画とも相性がよいので、ユーザーのみなさんが拡散できるように動画の切り抜きもOKとしました。将棋中継は長時間が多いですが、短い動画で違う見せ方をできたらまた幅が広がりますよね。ほかにも椅子のグレードアップ、おやつ、揉みほぐしサービスなど、単調にならないように工夫しています。
今回の企画は出演者にかなり負担をかけます。まず糸谷八段にオファーを出したらOKをいただきました。次は対戦相手で、糸谷八段のキャリアや年代を考えたときに、佐藤天彦九段が浮かびました。ダメ元で依頼を出したら受けていただき、本当にありがたかったです。
100局勝負は過酷ですから、正座ではなく椅子対局しかないだろうと思いました。観戦者が対局者にかなり近づけるようにしたのは、少しでも真剣勝負の迫力を間近で感じてもらいたかったからです。
私の将棋番組は、初心者向けではなく少しマニア向けに作っています。棋士の解説が深くて難しくても、画面上に流れてくるユーザーのコメントを読めば、わかった気になれて面白いじゃないですか。コメントで質問をすれば棋士やユーザーから返ってきて、前提知識などが補完されていく。コメントにそういう役割を与えるからこそ、みんなでワイワイ盛り上がる空気が生まれていきます。
私自身、高校時代は将棋部でしたが、周りに指す人はほとんどいなくて、ずっと棋書を読んでいました。当時の自分みたいな人が楽しんでくれていたらという気持ちもあり、これからも面白い番組を作っていきたいと思います」
ニコニコ動画は、将棋の動画中継の礎を築いた存在だ。長時間の対局であっても飽きさせない工夫があり、電王戦に加えてリアル車将棋(人間将棋のように、西武ドームでトヨタ製の車を駒に見立てて動かす。カードは羽生善治名人-豊島将之七段戦/段位はともに当時)などの斬新な企画を成功させてきた。
棋士とユーザー、ユーザー同士の距離が近いニコニコ動画だからこそ、画面上に流れるコメントを通じて全員が一緒に熱狂できる。ネットでつながった縁台将棋のようなものだ。いまは電王戦を子どものころに見て、将棋に興味を持ってプロになってきた世代も出てきている。その功績は計り知れない。
第82局の間に手数は10000手を突破した。第84局の前には最後の椅子、ゲーミングチェアが提供されている。佐藤は振り飛車を多用し、第90局を終えて4勝差まで縮める。残り10局をこの勢いで乗りきれば、勝敗数が逆転してもおかしくない。最後の決戦の前に揉みほぐしサービスとおやつが提供され、席が交代された。
総合→佐藤43勝、糸谷47勝
第8ブロックの勝敗→佐藤8勝、糸谷7勝
切れ勝ち→佐藤1回、糸谷1回
【第9ブロック:第91~100局】(利き手側:糸谷)
最後の10局は糸谷の独擅場だった。まずは怒涛の4連勝で、勝ち越しを決めてしまう。51勝目を上げた94局目は、波乱の連続だった。まずはチェスクロックを直さないまま始めてしまい、やり直しに。指し直し局も中断局と同様の戦型になり、糸谷が終盤でうっかりして竜をタダで取られてしまう。しかし残り時間のリードを生かし、逆転勝ちを収めた。
そして、とうとう100局目。開始前に糸谷は「残り1局だと名残惜しい……あ、これをいうと追加されるかもしれないので、いまのなしで(笑)。それは冗談としまして、100局指しきってきたんだなというのが実感として残り、少しの感動と腕の疲れが残ってきています」と抱負を述べ、佐藤は「ありえないような100番勝負という企画なんですけど、何とかここまでこられて感慨深いところですね。最後も全力でやりたいと思います」と語った。
最終局は佐藤が向かい飛車に構え、糸谷がマイナー戦法・鳥刺しで快勝し、有終の美を飾る。最終結果は糸谷55勝、佐藤45勝、総手数12499手。途中は佐藤が巻き返して追いつこうとするも、最後の10局で覚醒した糸谷は時間攻めのスピードが上がり、10勝差をつけた。
100局を完走し、壇上に上がった両者は疲労の色を隠せないものの充実した表情だった。終了後、話を聞いた。
「天彦さんがどんどん強くなっていかれるので、2切れにかなり適応されたと思っていました。始めのほうは時間のごまかしが利いていたのが、途中から利かなくなって詰まされるようになりましたね。
今回の経験が生きる可能性は、フィッシャーを除いてほとんどないと思います(笑)。いまはめちゃくちゃ手が見えるかわりに、指すスピードが止まりません。ゆっくり局面を考えて感覚を戻しておかないとまずいです」(糸谷八段)
「糸谷さんは切れ負け将棋のコツをわかっていらっしゃると思ったので、自分もそこを学びながら適応できればと思っていました。彼は純粋に指すスピードが速いです。切れ負けは序中盤が大事で、糸谷さんに時間を使わずにうまく駒組みをされるため、僕が時間をリードする展開はほとんどなかったです。時間をリードできないと、終盤が苦しくなります。途中から適応してかなりいい勝負でしたが、最後の糸谷さんの覚醒は予想できなかったです。目覚めさせてしまいました(笑)。
公式戦は腰を落ち着けて考えたほうがいいので、2切れの技術は単純に生きないと思います。ただ、普段は指さない振り飛車をたくさんできました。振り飛車はセンスが大事なので、吸収した感覚はもしかしたら公式戦でも役に立つかもしれません」(佐藤九段)
最後の質問「家に帰って何をしたい?」。糸谷は「新幹線で大阪に帰るんですけど、車内で腰が大丈夫かどうかは戦いだと思っています」、佐藤は「とりあえず、ゆっくりしてお風呂に入りたい」と答えて、会場をあとにした。
総合→佐藤45勝、糸谷55勝
第9ブロックの勝敗→佐藤2勝、糸谷8勝
切れ勝ち→佐藤0回、糸谷3回