トップ棋士による異質な「百番指し」が行われた。今年4月29・30日に千葉県千葉市「幕張メッセ」でドワンゴ主催「ニコニコ超会議2023」がリアル開催され(ネット上の開催は4月22~30日)、2日間で11万8,797人が来場するほどの大盛況だった。
サブカルだけでなく、「超歌ってみた」などのライブ、宇宙開発や自衛隊・歌舞伎など多彩なジャンルのブース・イベントが設けられ、さしずめ大人の学園祭といったところだろう。
将棋ブースも例年設けられており、今回は「超将棋100局勝負 佐藤天彦九段vs糸谷哲郎八段」が企画された。その模様は、いまでもニコニコ動画で見ることができる。
プロの対局ではほぼ前例のない「切れ負け」
本企画は非公式戦で、前代未聞のレギュレーションが多く盛り込まれた。まず2日で真剣勝負の100局を指すとは、非公式戦を含めても聞いたことがない。プロの早指し棋戦なら1日に複数局行われることはあっても、5局も指せば多いほうだ。
そして、なんといっても持ち時間が「2分切れ負け」である。公式戦ではそれぞれに持ち時間が与えられて(最長は9時間の2日制)、使い切ると1手60秒未満の着手などの秒読みがつく。ところが、今回は自分が持ち時間2分を使い切ったら負けのルールだ。局面は必敗でも相手の残りが数秒なら、王手をかけ続けて時間を切らすといった勝ち方も常套手段になる。
現代の公式戦では切れ負けの前例がなく、普段の練習将棋であってもプロはほとんど指さない。せいぜいネットで楽しめる「将棋ウォーズ」や「将棋クエスト」をやっているかどうかだ。
普段の公式戦とは違う勝負術も重要
4月上旬に開催された第81期名人戦七番勝負第1局で、筆者が佐藤に取材する旨を伝えたところ「途中でギブアップするかも」と笑っていた。そして継ぎ盤を挟んでいた三枚堂達也七段に「こうやるか」と、相手の竜が利いている筋に持ち駒をずらっと並べる。△同竜、△同竜、△同竜……と取らせれば、駒損でも時間を使わせることができるというわけ。切れ負け特有のテクニックで、普段の公式戦とは違う勝負術も重要になってくる。
本稿は1日目、2日目にわけている。100局の勝敗と内容を表でまとめて、最後に分析した。各棋士や関係者のインタビューを交えてある。トップ棋士の口八丁手八丁に解説者から軽口が飛び交い、通りすがりの人々は「わけがわからないけど、すげー」と足を止めた。将棋盤を観戦者がぐるっと取り囲む光景は、縁台将棋を思い起こさせた。
チェスクロックの位置がとても重要
1日目の解説は新A級の中村太地八段と佐々木勇気八段、聞き手を山口恵梨子女流二段が務めた。中村は佐藤、糸谷と同じ1988年生まれである(学年は早生まれの佐藤が1つ上)。
ルールは1局ごとに先後は交代(奇数局は佐藤、偶数局は糸谷)。席は1ブロック(10・15局)ごとに交代となる。チェスクロックを自分で押すので、実は席がとても重要だ。ともに右利きなので、自分自身の右に時計があれば押しやすくなる。デジタルチェスクロックであっても、コンマ1秒に迫るほど早く押せば時間が減らない(一説によれば0.3秒ぐらい。真偽は不明)。これを踏まえると、後手番かつ利き手側にチェスクロックがあれば、持ち時間を温存しやすいので有利ということになる。