新幹線でこの駅にやってきて、ホームのベンチに腰掛けて目をつぶる。そして、ほどなく流れる発車メロディに耳を澄ます。聞こえてくるのは、「栄冠は君に輝く」。オルゴール調の格調高いメロディを聴いていると、いつのまにか真夏の昼下がりの気分になってくる。
夏の甲子園のテレビ中継、NHKでは「出場校のふるさと紹介」のコーナーがある。そこで流れているのが、オルゴール調の「栄冠は君に輝く」。福島駅のホームで、この発車メロディを聴くと、それが冬だろうが秋だろうが春だろうが、とたんに夏休み気分になってしまう。素麺が食べたくなる。
それは福島がどうこうというよりは、「栄冠は君に輝く」がいかにその季節のメロディとして定着しているか、ということなのだろう。
朝ドラ『エール』のおかげもあってか、いまやなぜ福島で高校野球のメロディが?などと思う人はだいぶ少ないだろう。この曲を作曲した古関裕而が福島の出身だから、それにちなんだものだ。
古関裕而はほかにもたくさんの名曲を生み出しているが、いまいちばん多くの人に聴かれているのはたぶん「栄冠は君に輝く」だろう。個人的には、“六甲おろし”で知られる「阪神タイガースの歌」でもいいんじゃないかとも思うが、オトナなのでさすがにそれは無理筋というのも納得はできる。だいたい駅で六甲おろしが流れたら、居合わせた阪神ファンが歌い出してしまうかもしれませんからね……。
それはともかく、新幹線の車窓からも「古関裕而のまち」と大きく書かれたガスタンクが見えるほど、そのイメージは定着しつつあるようだ。その隣には大きく桃が描かれている。フルーツと古関裕而、というのが福島県の県都・福島市のイメージを形作っているのである。
東北新幹線「はやぶさ」が停まらない“ナゾの県庁所在地の駅”「福島」には何がある?
ところが、いかんせん福島というのは“通過する町”である。首都圏に暮らしている人にとって、福島駅は通過する駅だ。
もちろん福島が目的ということであれば通過も何もないのだが、なにしろ東北新幹線の「はやぶさ」は福島駅には停まらない。大宮の次がいきなり仙台だ。
東海道新幹線に置き換えれば、新横浜の次は静岡県内をすっ飛ばしていきなり名古屋、というのとよく似ている。ちょっと先に地域を代表する大都市があると、県都であっても新幹線すら通過する。絶妙に東京から近いというのもよくないのかもしれない。
いずれにしても、東北地方の旅をしようと思うとき、「はやぶさ」に乗ると福島県は素通りの県だ。だから、「栄冠は君に輝く」を聴くこともない。