もしダルが離脱することになったら、先発の一角としてだけでなく、チームの精神的支柱を失うことになります。そうなったら、本当に苦しい。喉の奥に押しとどめた「行かないでほしい」のひと言が、何度も出てきそうになりました。けれど、これまで培ってきた経験と、技術と、情熱を、ダルは宮崎キャンプの初日から侍ジャパンに捧げてくれました。これ以上望むのは、私のわがままでしかありません。
「ダル、分かった。いつ戻ることになっても大丈夫です。決断をしたら教えてください」と伝えました。
受け身ではなく能動的に「誠」を発信
『易経』に「美その中にあって、四支に暢び、事業に発す。美の至りなり」というものがあります。謙虚、柔和、柔順、受容の精神の大切さを教えたものです。
ダルがこれまでチームのためにしてくれたことを考えれば、彼がどんな決断を下しても謙虚に、物柔らかに、真っ直ぐに、ありがたく、心から、受け入れよう。それこそが、私が彼に対して示すべき「誠」です。そうやって考えていると、『中庸』の「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり」との教えに行き着きました。
私たちの心には、生まれながらに「誠」が備わっています。誠実に、誠意を持って人に尽くすことができます。相手が自分のために時間や手間を割いてくれたときに、そのお礼として誠を尽くすことがありますが、受け身ではなく能動的に「誠」を発信していきたいものです。
提案の最後に言い添えておいた一言
ダルに話を戻しましょう。
私自身は1次ラウンド第2戦の韓国戦に投げてもらい、チームを離れるということも覚悟していました。しかし、パドレスと話し合いを重ねたすえに、最後までチームに帯同すると決めてくれたのです。
彼の「誠」に応えるためにも、私は提案をしました。
「決勝戦の10日後にはメジャーリーグが開幕するので、準決勝と決勝では基本的には投げないことにしよう。パドレス合流後の準備に時間を使ってください」
アメリカ入り後は、順調に調整しているように見えます。ただ、ダルの心のどこかに「アメリカをやっつけたい」という気持ちがあるのではないかと勝手に想像して、最後に言い添えておきました。
「ただ、自分の回復が想像以上に早くて投げたくなったら、ぜひ言ってほしい」