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「誰もが西行や芭蕉になれる」「はっきりとした輪郭をもてる人間はいなくなる」92歳の宗教家が抱くチャットGPTへの“危機感”

著者は語る 『わが忘れえぬ人びと』(山折哲雄 著)

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『わが忘れえぬ人びと 縄文の鬼、都の妖怪に会いに行く』(山折哲雄 著)中央公論新社

「人間の2000年の歴史がカタストロフに向かっていると思いませんか。近年のAI(人工知能)の進歩には驚くばかりでしたが、チャットGPTが登場して、世界の狼狽ぶりといったらない」

 開口一番こう危機感をあらわにしたのは、御年92歳の碩学、山折哲雄さん。近年、脳梗塞や重篤な肺炎に罹り、「もうオサラバかな」と覚悟した。病は克服したが、老いを強く意識するようになった。

「朝の太陽を見て、生きていて良かったと感じる。だけど日が落ちて体の具合が悪かったりすると、もうこのへんで生きるのはいいかと思ってしまう。1日のうちの感情の変化が激しい。知識が暴れて、ソクラテスや老子が現れたりすると、もうどうでもいいかとも。これが老いなのでしょうね」

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『わが忘れえぬ人びと』で、自己とは何者かを問い続けた、棟方志功や土門拳、哲学者の梅原猛、心理学者の河合隼雄を振り返った。

「梅原さんは右からも左からも、世界からも毀誉褒貶激しかった人ですが、分野や時代の壁をぶち壊し、批判を続けた。凄まじいほどのエネルギーと情熱と人心掌握術を持って。領域侵犯どころの騒ぎじゃありません(笑)。ついに時の首相を動かし、『国際日本文化研究センター』を作ってしまった。人間と組織を編集していく手腕には恐れ入りましたね。でも楽しかった」

 梅原は山折さんたちに「みなさんは、ひとりひとり羅漢である」と言ったが、後年「オレはホトケになる」と述懐するようになった。

「日本の仏教徒で、そんなこと言った人間はほとんどいない。これは『わだばゴッホになる』と言い放った棟方志功に通じますが、借り物の言葉ではないんです。常識にも左右されない、何者になってもいいを体現する見事な人でした」

山折哲雄さん

 河合隼雄が2007年に、梅原猛が19年に亡くなり、親しき人たちが去った。自らの孤独と軌を一にするように“近代の冬”を感じる。

「近代を主導してきたのは弁証法的な思考体系でした。つまり、諸問題を止揚(アウフヘーベン)することで、秩序を整え、成長、発展する、政治家や知識人など一部に富や知識が集まる社会。これに挑戦しようとしたのが、チャットGPTなどのAIの世界です。問いかけるだけで、誰もが何千億もの言葉や思考に自在にアクセスできるようになる。生き残るのは、シェイクスピアの戯曲などほんの一握り、日本の伝統的な詩歌などは全滅するでしょう。誰もが西行や芭蕉になれる。文学者や芸術家、宗教家などとはっきりとした輪郭をもてる人間はいなくなる」

 人間は仕事と労働の楽しみや拠るべき居場所をも、AIに奪われかねない。そう危惧する山折さんは、テレビや新聞に触れ、人生を賭して仕込んだ知識から、危機の時代に発すべき言葉を手繰り寄せようとする。「雑文書きの性だな」と笑う。

「明治維新以降、西洋の啓蒙思想によって忘れられましたが、日本人には特定の人間が得をしたり、生き残ることを良しとしない思想がありました。それは、ブッダと老子の教え、『無常』や『中庸』。バランスをとる生き方や、再生と循環の中に身を置く感覚を取り戻すべきだと思います。我々の現実の世界は虚構であり、真の世界はその彼方にある。空や無の概念で、西洋対東洋の対立は平準化されるかもしれない。ブッダと老子の頭文字をとって、BRGPTと呼んでます(笑)」

 おまえさんのやっていることは、銀河鉄道の各駅停車だな――。河合の言葉を思い出して口にした。「いまはゆっくり景色を楽しみながら旅している気分です」

やまおりてつお/1931年、サンフランシスコ生まれ。宗教学者。国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター所長などを歴任。2002年『愛欲の精神史』で和辻哲郎文化賞を受賞した。『仏教とは何か』『法然と親鸞』『能を考える』『老いと孤独の作法』など著書多数。

「誰もが西行や芭蕉になれる」「はっきりとした輪郭をもてる人間はいなくなる」92歳の宗教家が抱くチャットGPTへの“危機感”

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