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ジブリ鈴木敏夫が明かした映画『君たちはどう生きるか』宣伝ゼロの理由

2023/07/21
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「みっともないのはわかってる」

 鈴木 そこはやっぱり宮﨑駿はすごいな、と思いました。で、タイトルと一緒に宮さんは文章を書いてきたんです。見るといきなり「みっともないことはわかってる」って。だって、その3年前に引退会見をやってるんですからね。

鈴木敏夫氏 ©文藝春秋

 新谷 かなり盛大な引退会見でしたよね。

 鈴木 それで僕は「往年の名監督が『これが最後だ』と踏ん張った作品で、面白かったやつが1本でもありますか?」と言ったんです。それには答えないんですね。ただ「作らせて」「みっともないのはわかってる」を繰り返すだけ。それで最後に——これが罠なんですが——「(最初の)20分だけ絵コンテを描く」と言ったんです。「それを見て判断してくれ。駄目だったら言って。俺、すぐやめるから」って。

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 新谷 さすがですね。

 鈴木 ずるいんですよ(笑)。結局20分の絵コンテに半年かかって、持ってきたのが12月末の金曜日。金曜日というのがミソなんです。つまり週末に読んで、週明けに答えがほしいという意思が込められている。

 でも土曜日は読まなかった。読みたくないんですよ。仕方なく日曜の夜に読んだら、面白い。錯覚かなと思って、日付が変ってからもう1回読んだけど、やっぱり面白い。さてこれは困ったぞ、と。

 新谷 でも「世界の宮﨑駿」にノーという手はないですよね。

 鈴木 いや、ノーを言おうと思ったんです。だってたった20分だし、その後がつまらないかもしれないし、82歳という高齢のリスクもある。だから月曜の朝、自分の車でアトリエに向かいながら、「宮さん、申し訳ないけど面白くない」って断る練習をしたんですよ。アトリエに着いて、さあ言うぞとドアを開けたら、宮さんが待ち構えていて、いきなり「コーヒー飲む?」ですよ。

 新谷 うわー、先制攻撃ですね。

 鈴木 そんなの初めてですよ。で、コーヒー2つ持ってきて、その後は黙っているんです。仕方ないから、僕が何か言わなきゃいけない。

 新谷 何と言ったんですか?

 鈴木 「やりますか」って。

 新谷 練習と全く逆ですね(笑)。

庵野監督に「勝った」

 鈴木 コーヒーに騙された。それから絵コンテに3年かけて、途中から絵のほうも同時進行で進めることになった。で、僕には本田雄という意中のアニメーターがいて、彼をどうしても連れてきたかった。それで当時、彼が庵野(秀明)の『シン・エヴァンゲリオン』の絵を中心になってやっていたので、庵野に仁義を切ろうとしたら、庵野が顔色を変えて、「鈴木さん、プロ野球で言えば今からウチはシーズンが始まるんです。そこでいきなり四番打者をよこせ、って。それ、ありますか?」と。

 新谷 セリフが立ってますね。

 鈴木 僕もかっこいいと思った。それで「だからこうして頭を下げて頼んでいるじゃないか」と言ったら、庵野は「どうするかは本人次第ですから」と言っちゃった。この瞬間、「勝った」と思いましたね(笑)。

 でも、本人は『エヴァ』はやっぱりやりたいけど、宮﨑さんのもやりたいし……と迷っているので、僕は言ったんです。「仕事というのは2つしかない。やりたい仕事か、やらなきゃいけない仕事か」って。

 新谷 さすがの口説き文句ですね。それ、私も使わせてもらいます。