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 その最後の書き置きは、萬次郎が凶行後、鮮血と赤インキを混ぜ、震える手で粗末な半紙にしたためたらしく、ポタポタと血潮が落ち散っていた。最も長い書き置きは犯行前夜に書いたらしく、前半は次のような内容だった(原文のまま、句読点などを補う)。

 今日迄(まで)しんぼうした。なれども、しんぼうぶくろがはれつしてやむを得ず、おかみさまへふこうのお手すう相かけ候處(ところ)のしだいは、金の入れてあるひきだしにアイとかいて有るふくろにある物をしらべて、よろしくしよ(ょ)ぶん(処分)をしてもらうよ(う)におたのみ申(し)なされ。我れも初光がかは(わ)ゆいのと、おまい(え)らがめいわくをおびる事はそんじ居り候。なれども、明治郎のにくしみ、アイのにくしみ、實(実)に日に身たい(体)がもてぬゆゑ(え)、實に気のどくと存(じ)候へ(え)共、せ(背)に腹はかへられぬゆゑ、おかみ様にお手数かけ、實にめんぼくしだいなき事、ゆるしてくれ。どうぞどうぞ、よろしくしよぶんをお頼(み)申して、あとは初光をせい人(成人)させて山梅の内を立いくように頼みます。我はかげからいのりますからたのみます。いかにしても座古谷一統と佐藤一統はかならず殺し倒すから見ておれ。又津満(妻)吉は父の大石がためにころした。梅吉はほうとう(放蕩)者のアイに取次したゆゑころした。

「佐藤一統」とは、あいの姉とその夫の一家のこと。妻吉の父は、あいと布団商の仲を取り持ったとして恨んでいた。「おかみさま(様)」とは萬次郎の正妻やえのことと考えられる。

 大朝の記事は「この書き置きによって、萬次郎に凶行の決意があったことは明瞭となった。あいら関係者への遺恨を記す間にも、一子初光の身を案じわずらい、その前途を頼む旨をたびたび記しているのはさすがに親心で、鬼の目にも涙と言うべきだ」とした。

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萬次郎とあいの娘・初光(大阪朝日)

「執着は狂気に近いものがあった」

「大阪府警察史第1巻」は「職業が職業とはいえ、彼(萬次郎)の愛欲生活は、次々と女を替えて繰り返されたが、あいに対する執着は狂気に近いものがあった」「山梅楼にはまた萬次郎のおいで養子の明治郎がおり、この明治郎とあいの関係に疑わしい点があるとして、2人が約束して家出したものと萬次郎は信じたのであった」としている。

 萬次郎は捜索願を出すとともに、南署の刑事にあいの捜索を頼むなどしたが、行方は分からなかった。「身内の者や、同居の抱え芸妓その他の者が、あいの家出に加担していることを知り、これらの者を逆に恨むようになった」(同書)

 この時点で、警察はもちろん、関係者、メディア、新聞の読者の最大の関心事は、萬次郎の恨みの最大の対象である、あいの所在だった。