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想定外が重なって生まれた奇跡

 実際、あのバックホームは、予期していなかったさまざまなことが重なった結果、生まれたものでした。

 第一に、そもそも僕はあの試合でセンターを守るつもりはありませんでした。

 試合の3日ほど前、平田監督に引退することを決めた旨を直接伝えると、監督が涙を見せながら僕に訊ねました。

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「どこを守りたいんや?」

「ライトでお願いします」

©文藝春秋

 僕は答えました。病気になるまではセンターを守っていましたが、復帰してからはずっとライトの練習をしていました。ライトがボールがいちばん見えやすかったからです。それで引退試合でもライトを希望したのですが、しかし監督は「それは違うだろう」と言って、続けました。

「いったい何を遠慮してるんだ! おまえが3年目に開幕スタメンをとったのはセンターだろう。エラーしたって、何したっていいから。センターを守れ。あと2日、センターを練習しとけ」

 それでセンターに入ることになったのです。

 第二に、8回に僕がグラウンドに立ったのも想定外のことでした。予定では、出場するのは9回1イニングだけだったのです。

 ところが、2対1で阪神がリードしていた8回途中、ベンチで声援を送っていた僕に、平田監督が突然言いました。

「横田、キャッチボールして準備しろ」

僕のところに飛んできた打球

「えっ!? 嘘だろ?」と、僕だけでなくベンチ全体が驚いたのもつかの間、ツーアウト二塁の場面でタイムをかけた平田監督は、審判に告げたのです。

「センター、横田」

 あとで聞いたのですが、イニングの途中から出場させたのは、平田監督は僕が守備につくときに必ずダッシュで向かうのが好きで、それを最後にファンにも見せたいという理由からだったそうです。

 いずれにせよ、僕にとって8回裏にセンターの守備についていたのは予定外のことだったのです。余談ですが、平田監督はのちに大阪のテレビでこの試合を振り返って言ったそうです――「なんでみんな横田をほめるんだ。おれをほめてくれ」。

 第三の理由として、ソフトバンクの選手たちは決めていたと言います。

「横田のところに打つのはよそう」

 僕の目の状態を知っていたので、「センターにだけは打たないようにしよう」と心がけてバッターボックスに入ったそうです。

「それなのに、なぜか飛んでいってしまうんだよなあ」

 ソフトバンクの選手たちが言っていたと、試合後にキャッチャーの片山さんから聞きました。

 母も「センターにだけは飛ばないで」と祈っていたそうです。

「球場は広いのだから、ほかの場所にいってください。あんなに空いてるんだから……」

 もしも打球が飛んできて、僕が追いかけてほかの選手にぶつかったら、その選手にも迷惑がかかるとまで考えていたらしいです。

 にもかかわらず、2打者続けて、まるで導かれたように僕のところに打球が飛んできたのです。