厚顔のままグイグイ押してくる態度に驚いた。おそらく契約時にもこんな調子で、父が十分に考える猶予を与えなかったのだろう。
「私も年だし、最近は頭もしっかりしなくてね。預金通帳をパッと見て、今いくらお金があるってわかったほうがいいんです。ドルだのなんだの言われても全然知らないから、やっぱり無理ですよ」
「つまりご解約されたいということでしょうか」
「はい、そうです」
「でしたらクーリングオフのご案内をしますが、別途手数料がかかりますので、全額の返金はできません」
その手数料が十数万円差し引かれるという。おまけに銀行は単なる販売窓口で、父自身がクーリングオフを申し出る書面を作成し、保険会社に書留で郵送するよう指示された。こちらは素人、どんな内容をどう記述すればいいのかもわからない。加えて期限は今日、郵便局の窓口業務が終了するまであと数時間しかないのだ。
「ちょっと待ってください。父は88歳の、ひとり暮らしの高齢者ですよ。これまで一般的な預金の経験しかないし、投資や為替のことなんてまったく知りません。そういう人に向けてリスクのある商品を勧誘した銀行側の責任はないんですか」
たまらず詰め寄った私にA課長はあくまでも冷静、いかにも場慣れしたふうに堂々とした態度を崩さない。
「自立してるから」と自己責任論を持ち出され
「失礼ですが、お父様は認知症があったり、または介護保険の要介護者として認定されていらっしゃいますか。先日の契約時、お父様から介護保険も使わず、元気におひとり暮らしをされていると伺いました。高齢であってもきちんと自立されている方に、いろいろご要望を伺った上でお勧めしたんですよ。こちらとしては落ち度があったという認識はなんら持っていません」
こんな場面で介護保険の話が出てくるとは思わなかった。確かに父は介護保険の非該当、「心身ともに自立」と判断されている。日々の生活にはいくつものほころびが生じていようとも、現実に介護保険が打ち切られている以上、どうしたって自立せざるを得ない。父自身も自分らしい生活を送りたいと、自分のことは自分でできるようにがんばろうと努めてきたが、だからこそ自己責任論を持ち出されてしまう。
心身ともに自立しているんでしょう。自分の意思と判断で契約したんでしょう。だからあなたが責任を負うのが当然で文句を言われる筋合いはない、A課長からはそんな意識が感じ取れた。
ふつうに考えれば言われるままに十数万円の手数料を支払い、クーリングオフの書面をみずから、しかも数時間以内に作成するしかない。だが、簡単に納得するわけにはいかなかった。私は支店長の同席を求めた上で、「適合性の原則」について問いただすことにした。