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〈全国の消費生活センター等に寄せられる外貨建て生命保険の相談が増加しています。2018年度の相談件数は538件と、2014年度に比べて三倍以上になっており、2019年度も増加ペースが続いています。また、70歳以上の割合が相談全体の約半数を占めており、平均契約購入金額は1000万円前後を推移しています〉

 さらに「相談事例からみる特徴と問題点」では、〈1.外貨建て生命保険の契約であることやリスクについて消費者の理解が得られていない〉、〈2.消費者の意向と異なる勧誘や契約が行われている〉、〈3.認知能力の低下した高齢者への勧誘がみられる〉、〈4.多数契約や高額契約に関する相談がみられる〉、〈5.クーリング・オフをしても損失が発生する場合がある〉と指摘する。

 父の場合は、かろうじて私に話が伝わった。おまけに私の仕事柄、適切な情報を得て迅速に行動できた。あくまでも「たまたま」事なきを得たが、この一件は父に少なからずダメージを与えた。

「こんな世の中じゃ、生きていけないよ」、「俺はもうボケてるのかな? あんな大金をワケもわからないのにドルにしちゃって」、「銀行員は真面目で優しい人だと思ってたのに、どうして年寄りを騙すようなことをしたのかなぁ」、そんな言葉を繰り返し、めっきりふさぎ込むようになった。

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写真はイメージ ©️AFLO

ギリギリ保ってきた気力が折れてしまったような父

 むろん腎不全の進行による体調悪化はあっただろう。間もなく誕生日で89歳を迎えることを考えれば当然の衰え、予想の範囲内とも言える。一方でこの時代を生きるむずかしさを痛感し、ギリギリ保ってきた気力が折れてしまったようにも見えた。

 銀行員は真面目で優しい人、それは父のような世代の人にとって疑いようもなかった。贅沢とは無縁で、コツコツとお金を貯めていけば間違いない、そんな考えも持っていただろう。

 けれども現実には長年の常識が通じず、自分だけではまったく太刀打ちできない。今回の一件に限ったことではなく、ネットだ、スマホだ、AIだと社会は猛スピードで進んでいき、携帯電話さえ持たない父はすっかり置いてきぼりだ。

 加えてコロナ禍では親しい人とも会えず、ささやかなおしゃべりを楽しむ機会もほとんどない。定期的に訪問し、何かと気遣いをしてくれたケアマネジャーもいない。

「俺はひとりで生活できる」と威勢のよかった父は、「俺みたいな年寄りが長生きしたっていいことないな」と暗くつぶやく。

 大丈夫、そんなお気楽なことは言えなかった。介護保険は使えない、専門医や訪問医探しは難航、加えてA課長のように「自立」を理由に自己責任を問われることを思えば、私のほうも心が折れそうだ。

「おひとり様でもいきいき楽しく暮らす」、「人生100年、最後まで自分らしい終活」、仕事先の出版社から届く週刊誌の見出しがうらめしかった。そうできる人はいい、けれどもそうできないとき、いったいどうすればいいんだと、尿染みのついた父のズボンを見ながら深いため息が漏れた。(#2に続く)