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 前夜、父との電話を切ったあと、私は猛然と情報収集をはじめた。消費者問題に詳しい知人のライターに連絡を取り、父から断片的に得た情報を伝え、対応策へのアドバイスを求めた。知人からは、国民生活センターの金融商品をめぐるトラブル事例や、銀行の業務に関する相談や消費者との仲裁を行う全国銀行協会という機関があることを教わった。

 あれこれと検索をつづけ、それぞれの情報に目を通し、ほとんど睡眠も取らずにリサーチした結果、『生命保険・損害保険コンプライアンスに関するガイダンス・ノート』(一般社団法人全国銀行協会 2016年3月)という文書を見つけた。銀行が保険商品の販売を行う際に遵守すべき法令、保険商品の募集にあたり預金との誤認防止の徹底を図るなどトラブルを未然に防ぐための態勢などについて解説したものだ。

 文書の中に「適合性の原則」があった。〈「お客さまの知識、経験、資産の状況および契約を締結する目的等に照らして、不適当と認められる販売・勧誘を行ってはならない」というルールです〉と記載されている。

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 さらに、〈経済や投資の知識がほとんどない方に、知識がなければ理解できないような商品を、お客さまの理解の有無にかかわらず、一方的に説明して勧誘するようなことをしてはなりません。お客さまがその説明を受けて、「分かった、理解した」とおっしゃられたとしても、客観的にみて理解は困難と判断される場合も同様です〉と具体的に解説している。特に「ご高齢のお客さま」に対しては、いっそうの注意喚起がなされていた。

〈ご高齢のお客さまの中にはその場でご理解されても時間の経過とともに内容を忘れられる場合や、ご家族に商品の詳細な説明をすることが困難な場合があります〉、〈ご家族等の同席を受け、商品性を十分検討する期間を設ける等、理解してお申し込みいただくことが重要です〉とある。別枠の「留意すべき点」にも、〈保険募集時にお客さまのご家族の同席を受けること〉と明記されていた。「適合性の原則」に照らし合わせれば、A課長はあきらかに違反している。

 同席した支店長の見解を求めると、「大変申し訳ありません」と謝罪を口にした上で、銀行側がクーリングオフを申し出る書面を作成するという。さらに「こちらに非がありますので手数料はいただかず、払い込み金額をそのまま返還します」と約束してくれた。

 父が書面にサインするのを待ち、大急ぎで郵便局から書留を出した。あと10分で郵便の窓口業務が終了するというギリギリのタイミングだった。

「こんな世の中じゃ、生きていけない」

 結果的にクーリングオフは成立し、半月ほどで850万円は全額普通預金に戻された。それでも終わりよければすべてよしというわけにはいかない。A課長の態度から察するに、同じようなリスクを負う高齢者はほかにもいるだろうし、S銀行以外でも同様のケースは生じているだろう。実際、国民生活センターでは「外貨建て生命保険の相談が急増しています!」(2020年2月)として、次のように注意を呼びかけている。