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 あいにく森師団長のもとには客がきており、彼らはすでに1時間近く待たされている。畑中少佐は落着いていられないらしく、机の上の文書類をぱらぱらとくっては、すぐにやめた。そしてまた手にとってめくったりした。はじめられたかと思うとすぐ途絶えてしまう会話と、緊張した長い沈黙とが交互にやってきた。

 井田中佐は、自分の眼の前にいる数人の男たちの誰もが、この蹶起は成功すると信じているのであろうか、と考えた。畑中という圧倒的に行動力のある純真な男の熱意にひきこまれ、否定的な力によってのみ結ばれ、美しい未来への展望については共通なものなどもっていないのではないか、とふと思った。当面目標の宮城を占領することに心を奪われ、それからなにがはじまるのか、ほとんど考慮にいれていないのであろう。“栄光の死”を死のうとしているのであろう。

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大佐は火を吐くように叫んだーー「無条件降伏には賛同しない」

 同じ栄光の死を死のうと志すものに厚木302航空隊があった。天皇の第1回録音がはじめられた時刻、司令室に全士官が集められ、そのなかで司令小園大佐が、士官全員を悲憤にかりたてる情報を伝えた。日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をすると。一瞬、声なく押黙った若い血気の士官たちは、やがていっせいに「司令の真意」をたずねた。小園大佐は火を吐くように叫んだ。

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「私が司令の職責を汚すかぎり、厚木航空隊は断じて降伏しない。すでに高座工廠も、工作機械を地下に移し持久戦の準備をおえた。食糧も2年分はあり、たとえ全海軍から見放され孤立無援になり、逆臣の汚名を一時冠せられようと、国体を汚し、伝統をうけつがぬ無条件降伏には賛同しない」

 士官たちの熱情はかき立てられた。この司令とともに、同じ旗のもとに死のう、たとえ叛乱であっても、死の十字架を背負ったものなら、そうするより途がないではないか――厚木基地は、全軍一丸となって誰はばかることなく徹底抗戦の籠城を策することとなった。